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2023年春スウェーデン研修旅行報告

2023年春スウェーデン研修旅行報告
2023年春スウェーデン研修旅行報告
2023年4月30日~5月4日に、スウェーデンのマルメとヨンショーピングでの日本人歯科医療従事者向け研修旅行を通訳兼コーディネートしました。
参加した日本人は、歯科医師が7人、歯科衛生士が2人の合計9人でした。
受け入れ側のスウェーデン人は、マルメ在住の Dowen Birkhed 名誉教授、マルメ大学の Dan Ericson 上級教授、Gunnel Hänsel Petersson 主任准教授、Anders Hedenbjörk Lager 准教授、ヨンショーピング在住の Göran Koch 名誉教授、ヨンショーピング歯科卒後研修施設の Ola Norderyd 教授、Maria Kassapidou 補綴科主任、Linda Johansson 准教授という錚々たる顔ぶれでした。
このようなスーパー講師陣から一同に講義を受けられたことに加えて、Dowen Birkhed 名誉教授は空港での出迎えから駅での見送りに至るまで、観光と電車やタクシーの手配などコーディネートをしてくださったおかげで恙無く運び、短くも大変内容の詰まった素晴らしい研修旅行プログラムが成立しました。

研修旅行の日程は以下の通りでした。

4月30日(日) 
コペンハーゲン空港到着。
マルメ市内のトリアンゲルンまでオレスンド橋を電車で渡って移動。
マルメ市内とルンド市内の観光。
この日はヴァルプルギスの夜で春の訪れを祝う特別な日で、様々な催事があります。
マルメ市内には警官がところどころに配置されて騒がしく、何かと思いきや、ストックホルムとマルメのサッカーチームの試合のためフーリガン対策。

5月1日(月) 
マルメ市内の Dowen Birkhed 名誉教授のご自宅で歓待を受け、セミナー "Cariology life during 50 years" を聴講。
この日はメーデーのため祝日でデモ行進も。


5月2日(火) 
マルメ大学歯学部の見学とセミナー。
講演のトピックスと演者は、
"Education of dental students and dental hygienists" Gunnel Hänsel Petersson 主任准教授
"Swedish National Guidelines" Anders Hedenbjörk Lager 准教授
"Caries classification and prognosis" Dan Ericson 上級教授

マルメ市駅からヨンショーピング駅まで電車で移動。

5月3日(水) 
ヨンショーピング歯科卒後研修施設の見学とセミナー。
講演のトピックスと演者は、
"The Swedish Dental Insurance system with clinical cases" Maria Kassapidou 補綴科主任
"History of the Institute for Postgraduate Dental Education in Jönköping" Göran Koch 名誉教授
"The Jönköping studies" Ola Norderyd 教授
”Care for the elderly in Sweden” Maria Kassapidou 准教授

ヨンショーピングからイエテボリ空港までタクシーで移動。

5月4日(木)
イエテボリ空港出発。

私はすべての講演の通訳もさせてもらい、これらのスーパー講師たちの一言一句に全神経を集中させました。
スウェーデンの最新情報を、最高の講師陣の真横で一次情報として聴くことができるという至福の時間でした。

まず、Birkhed 先生のお宅では、合わせて11人が入れる臨時のセミナールームが設定され、液晶プロジェクターで白い壁にスライドを映して、先生の歯科医師としての50年の歴史を教えてくださいました。
マルメの歯学部(当時はルンド大学)を卒業、東北大学やコネチカット大学に客員教授として勤務、そしてイエテボリ大学カリオロジー講座の主任教授を務められ、フッ化物配合歯磨剤の使い方をわかりやすい「2+2+2+2テクニック」として啓発されています。
各部屋にスウェーデンの国旗をデコレーションし、シャンパン、スウェーデン国産牛肉のミートボール、チーズ、お菓子まで、たった一人で準備と片付けをされたそうです。
参加者全員にお土産もラッピングしてくださいました(写真)。




マルメ大学歯学部(写真)では、マルメモデルとして問題解決学習法(PBL)が長く行われて有名でしたが、新しく ”Challenge based learning (CBL)” が導入されていました。
PBLと原理的には同じですが、今の若い学生たちの傾向に合わせて、資料をより具体化したり、クイズのセッションを設けているとのことです。
2022年秋から施行されている新しいナショナルガイドラインは、小児歯科や障害者歯科分野も加わり、全377項目、詳述版は約1,500ページにも及ぶ世界でも稀に見る歯科総合ガイドラインです。
また、全身疾患との共通リスクファクターにも注目して、別の生活習慣病についてのガイドラインに歯科が関与しています。
新しいガイドラインは、政策担当者が利用したり、歯学部大学教育の中にも取り入れられるそうで、国全体に均質な歯科医療の実践をすることに大きな成果を上げることでしょう。
患者中心の齲蝕分類と予後診断のトピックは、スウェーデンのカリオロジーグループによる最新の動きで、体重や血圧のようにDMF指数で患者自身がどのくらい標準から離れているか知ることから始めるとのこと。
リスク評価や予後診断はカリオグラムのコンセプトを引き継いでいます。



ヨンショーピング(写真)では、歯科専門医を育てる施設を訪問しました。
その施設を立ち上げたのが、小児歯科の権威である Göran Koch 名誉教授。
有名な疫学調査であるヨンショーピング研究を始めたお一人も Koch 名誉教授です。
何という先見性でしょうか。
ご本人直々に、当時の話を聴けるというこの上ない幸運をいただきました。
ヨンショーピング研究からはっきりしたことは、齲蝕に罹患していない若い年代から予防プログラムを始めることの重要性です。
小児の重度の齲蝕の進行が、ヨンショーピングでの学校歯科保健プログラムによってストップした症例写真を示しながら「齲蝕は疾患だろうか」と言われたことも頭に残ります。

ヨンショーピング研究の結果から導かれた歯周病罹患傾向について、Wahlinら(2018)の論文内容を紹介していただきました。
Wahlin, Å., Papias, A., Jansson, H., & Norderyd, O. (2018). Secular trends over 40 years of periodontal health and disease in individuals aged 20–80 years in Jönköping, Sweden: Repeated cross‐sectional studies. Journal of clinical periodontology, 45(9), 1016-1024.

過去40年間で歯周組織の健康が劇的に改善しつつも重度の歯周炎患者が全体の約10%残されているのは、技術的にコントロール不可能というより、コンプライアンスが得にくい患者さんが約10%いるということのようです。
もうすぐヨンショーピング研究50年間の結果が出ますので、それが待ち遠しいです。
ヨンショーピング研究について日本語でまとめた記事の出典を下述します。

スウェーデンでの包括的高齢者ケアの最前線も教えていただきました。
スウェーデンでも高齢者人口の割合は増え続ける傾向にあります。
そのため、高齢者はなるべく自宅で過ごしてもらえるようにサービスを整えています。
また高齢者自身が家族(主に配偶者)を介護しているという老老介護の実態が数字に明らかに表れていました。
つまり、高齢者の多くは社会のお荷物ではなく、貢献しているというプラスの方に捉え、高齢者の能力を再認識すべきだということです。
この研修施設では複数科(口腔外科、矯正科、補綴科)にまたがる処置も歯科医学や心理学の理論に基づいて行われていました。
エナメル質形成不全症と不正咬合のある複合症例でなるほどと思ったのは、矯正外科後に患者さんに「よくなりましたね」と術者側から言ってはいけないということ。
術者が印象操作しないよう、患者さんが自発的にどう感じるのかが重要だからだそうです。
小児歯科診療室の見学説明では、30分のイントロダクションのセッションを毎月、数回に渡って行い、子どもが十分に装置や器具に慣れて楽しめるようになってから処置に入るそうです。
言葉が通じない子どもにはピクトグラムが用意されています。



これらに加えて私が感銘を受けたのは、著名でお忙しい講師の先生方が、他の講師の講義も後ろの席でまっすぐ前を向いて聴かれていたことでした。
同僚の話というのは既知のことが多いでしょうし、しかも、半分は日本語の通訳が入りますので、日本でよく見られるように、スマホを見たり、ラップトップを開けていても不思議ではありません。
それらのデバイスに講義メモを取ることができるものの、内職をしていると思われても仕方がありませんので、話し手にしてみると気分がゲンナリする光景でしょう。
こういう時代だからこそ敢えて何も手にせずに話を聴く姿勢は、一層尊く見えました。
同僚間でのお互いの敬意は日々のコミュニケーションを円滑にするでしょうし、またその場に集中して話を聴くことで内容も頭に入りやすいでしょう。
これが長期的に見て一番生産性の高い、有意義な時間の使い方なのだろうと思いました。
歯科医療ばかりでなく、真心がぎっしり詰まっている彼らの行動に、今回も学んだのでした。


追記
ヨンショーピング研究についてはこちらを参考にしてください。

スウェーデンにおける長期経過追跡研究の源泉を追う 1, 2
歯界展望 129 (1) 43-56, 2017.
歯界展望 129 (2) 354-372, 2017.
 
北欧における長期データ報告にみる, 予防歯科医療達成後の臨床需要の推移
歯界展望 123 (1) 25-44, 2014.
 
スウェーデン成人における歯牙齲蝕の罹患率と分布について30年間の動向(1973~2003年)
歯界展望 123 (4) 759-771, 2014.

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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