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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:冬眠

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:冬眠
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:冬眠
昨年後半には、真夏のエアコンの故障に続き、滅菌器、洗浄機、パソコンなどさまざまな機器が異常を示した。申し合わせたような連鎖的不具合は、家電において十分経験済みである。

そもそも機械類には、耐用年数というものいうものがある。同じ時期に購入、設置し、毎日正常に稼働していた機器類が、突然動きを止め始めても不思議ではない。それどころか最近は、同級生間で同じような体調不良について報告し合っていることや、長く寄り添ってきた患者さんの姿を考えれば、「この世の自然の流れ」の一言で片付けられても、反論の余地はないだろう。とはいうものの経営的視点に立てば、高価な機器や機材は1日でも長持ちしてほしい。そう願いながら、スタッフたちと年末の大掃除を終えた。

年末年始の休暇の始まりの朝は、いつもより少し早めに父母ヶ浜に出かけ、漂着ごみへの対応と人影のない朝の絶景を楽しむことにした。診療の開始時間を気にせず至福の時間を過ごした後、そのままフィットネスジムに向かおうと車に乗り込んだ。

海岸線を走り2つ目の交差点の赤信号で車を止め、「いきもののゆりかご父母ヶ浜 生物多様性は私たちの生活を支えています」と書かれた看板に見とれていた。すると突然、前方に停車していた車の運転席の窓から、山盛りのタバコの吸い殻が盛られた容器を持った手が現れ、それを勢いよくひっくり返した。交差点の真ん中に散らばった吸い殻を見て、私がとがめようと窓を開けたのを察したのか、運転者は慌てて車を発進させた。許せなかった。後を追うと、車は近くの老健施設の駐車場に逃げ込んだ。顔を合わせた直後の運転者の「すみません……」と言う言葉に、「誰が拾うの?あなた自分で拾っておいでよ」と被せ、怒りはジムのマシンまでもち越そうと車を発進させた。

フィットネスジムには20年近く通っている。特に椎間板ヘルニアの手術を受けてからは、再発は避けたいと少しの時間でも顔を出すようになった。鍛えられた身体が眩しい人もいればダイエットを目指している人、身体を動かすのが根っから好きそうな明るい人など目的はさまざまだと思う。

その中には特に印象深い高齢者が何人かいる。トレーナーの説明を受けた後も、自信なさそうにマシンに向かっていた姿を何度も見かけたが、1年もするとマシンの荷重も増え、様になってきた。姿勢や体型に変化が見られ、トレーニングウェアがオシャレなものへと切り替わる。ついにはスタジオでエアロビクスのプログラムに毎回参加し、友人にトレーニングのアドバイスをする声も耳にするようになった。

超高齢社会を迎えている日本では、加齢、不活動、疾病などさまざまな要因により「筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態」であるサルコペニアが大きな問題となっている。私が興味をもち眺めてきた高齢者の変化は、運動やトレーニングなどで、骨格筋が強く、大きくなることによってもたらされた。しかし特に問題となるのは、怪我や病気で運動ができない場合や、身体を動かせない患者さんに見られる不活動による骨格筋、身体の衰えだろう。

その日、長く病床にいた父親たちの姿を思い浮かべながら、それとは対照的で元気に動くオシャレなウェアを横目で眺めていた。すると不意にその部分に光を与えるような冬眠に関する研究成果が2、3年前に報告されたのを思い出した。

秋には、冬眠前のエサ不足でヒトの生活域まで姿を現すクマの被害が毎日報道された。一般的にはあまり着目することがないかもしれないが、クマなどの冬眠動物たちは、冬眠中には不活動・栄養不良の状況でも筋肉がほとんど衰えないという形質を備えている。すなわち、筋肉を「省エネモード」に変化させ、筋タンパク質の合成・分解の制御系の両者を顕著に抑制しているのだ。まだ「省エネモード」のスイッチが何なのかはわかっていないが、冬眠動物の特徴である「使わなくても衰えない筋肉」の仕組みの解明は、ヒトの寝たきり防止や効果的なリハビリテーションの手法の開発へとつながると期待されている。

これは、自然界の厳しい生存競争を勝ち抜いてきた生物から学べることが無限にあることを示す一例にすぎない。生物には人知の及ばない仕組みが凝縮されている。あの看板の意図とは少しずれているかもしれないが、「生物多様性」という言葉が長く頭の中に浮かんでいた。

翌朝、いつもの椿の葉の裏には、ウラギンシジミが静かに眠っていた。昆虫の場合は「冬眠」とはいわず「冬越し」という言葉も使われるが、この小さな体の中にも謎はいっぱい詰まっている。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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