沖縄県の南部、中頭郡(なかがみぐん)にある「アドベンチストメディカルセンター」で日々歯科診療に携わる先生と歯科衛生士さんに、アメリカ人と日本人の歯や口腔ケアに対する意識の違いや、矯正歯科の歯科衛生士さん事情などについてお話を伺いました。 第2回目となる今回は、お二人の歯科衛生士さんにお聞きしました。歯科衛生士は患者さんの最期に立ち会うこともできる尊い職業
ー喜屋武さんはなぜ歯科衛生士になろうと思われたのでしょう 喜屋武さん:かなり昔のことなので、はっきりとは覚えていないのですが、高校生の時に進路を決めないといけない時期に、ちょうど歯の治療で歯科医院に通っていたんです。その時、歯科衛生士さんがクーラーの効いた中で座ってお仕事しているイメージで、「この仕事だったら楽に働けるかな」と不謹慎ながら思ったんです。でも見るのと実際にするのでは大違いで、働いてみて本当に大変でした。病院歯科は特別なのかもしれませんが、歯科の業務だけではなくて、いろんな事務仕事や人事に関する業務もしなくちゃいけません。 ーこの病院には何年くらいお勤めですか? 喜屋武さん:23年くらいでしょうか。もともとはこの病院に分院の歯科があったのですが、15年ほど前に統合することにあってこちらに移ってきました。それ以前は、衛生士学校を卒業してすぐに一般歯科医院で5年弱くらい勤務しました。 ー柴田さんは日本とアメリカ両方の歯科衛生士ライセンスをお持ちで、以前『デンタルマガジン』でアメリカの歯科衛生士事情などについて伺いましたね。現在はどんなことに注力されているのでしょう 柴田さん:以前と変わらず喜屋武さんと一緒に矯正歯科の歯科衛生士業務をメインで行っています。一般歯科はもちろんですが、それ以外に私が以前から取り組んでいるのが、当病院に併設されている緩和ケア病棟の入院患者さんに対する口腔ケアです。緩和ケア病棟では、すべての入院患者さんに対して、歯科医師による口腔アセスメントを無料で行っています。口腔ケアが必要な方や希望される方を見つけ出し、必要に応じて有料になりますが、私たち歯科衛生士が病室まで伺って口腔ケアの処置を受けていただくこともできます。また、お部屋移動が可能な方は、外来で必要な治療やクリーニングも行っています。 ー緩和ケアの口腔ケアで印象に残った出来事はありますか? それまで意識がなかった方が、お口をキレイにしてあげようと口腔ケアを行ったところ意識がはっきりして、家族みんなで最期のお別れができたことがありました。 最初ご家族の方は「口腔ケアなんてしなくていい、これ以上苦しい目に合わせないで」と否定的だったのですが、「すっきりするし、何か私ができることをさせて欲しい」とお願いしたところ、承諾してくださって、それまで目を開いていなかったおばあちゃんが目を開いてみんなで写真を撮ったりと最期に団欒の場をつくることができたんです。ご家族の皆さんもとても喜んでくださって、「やっぱり口のケアは大切だな」と思うとともに「歯科衛生士は患者さんの人生の最期に立ち会うこともできる尊い職業なんだ」と思いを新たにしました。患者さんの幸せのために何をすれば良いかをいつも考えて、これからも処置に当たりたいと感じました。歯並びが主訴で来院するお子さんの多くに 口腔機能発達不全症の症状がみられる
ー緩和ケア病棟の口腔ケア、素晴らしい取り組みですね。お話ありがとうございます。ところで、お二人とも矯正歯科の歯科衛生士業務に従事されていますが、近年新たに取り組んでおられるようなトピックはありますか? 柴田さん:そうですね。矯正治療が目的で来院される方は、口唇力が弱く、お口をポカンと開けているお子さんも多くて、MFT(口腔筋機能療法)は2014年から喜屋武さんと一緒に取り組みを始めていました。 喜屋武さん:以前「発音が気になる」ということで、小学校入学前のお子さんがお母さんと来院されたことがありました。まだ私たちもMFTをスタートして日が浅かったので、不安だらけでしたし、どの程度改善するか分からないけど、助けにはなるだろうということでやってみたんです。そうしたら半年から1年未満のトレーニングでキレイに発音できるようになったんでしたよね。 柴田さん:そうそう。舌の使い方や口唇力が弱くて、確か「さ」行が言いにくかったんです。レッスンがすべて終わったら普通に言えるようになりましたね。 ーそれはすごいですね。他にも同じようなケースはあるのでしょうか? 喜屋武さん:ありますよ。北部の名護市にお住まいの方だったのですが、“人と接する仕事に就きたい”という20歳くらいの男性で、「発音が気になるのでMFTを行いたい」と来院され、レッスンをスタートしました。 柴田さん:その時もまだMFTを始めたばかりだったのですが、近くの病院に聞いたら当院を紹介されたそうです。この方もレッスンを一通り終えたらきちんと話せるようになって、「来年から実習なので、それまでに治って良かったです」と本人もとても喜んでおられました。名護は少しここからは遠いので、それからはお顔を見ていませんが。 MFTはとても大事な分野ですし、今後は小児だけでなく、高齢者の口腔機能低下症にも応用して実践していきたいですね。 ーMFTに関して病院では特別なトレーニングを取り入れておられるのでしょうか? 喜屋武さん:特別なことはしていません。マニュアルにある基本的なトレーニングを行って、終了後に検証していくのがルーティーンのステップです。柴田さんがMFT学会の会員で、いろいろ勉強してフィードバックしてくださっています。 柴田さん:基本のトレーニングを実践するだけでも短期間で改善するお子さんも多いですよ。口腔機能発達不全症は、本人はもちろん親御さんも気づいていない場合が多いですね。歯並びが主訴で来院されるお子さんは口腔機能発送不全症の症状がみられる場合が多いので、こちらから声かけして積極的に啓発するようにしています。トレーニングを実践することで、唇も整ったキレイな形になるし、本当に見た目の印象が変わりますよ。 ーMFTを実践してみたいという方に向けてアドバイスをいただけますか? 柴田さん:今は関連する本もたくさん出ていますし、学会のテーブルセッションに参加すると「これができない人にはどう指導すれば良いか」など、自分の疑問点を述べるとセッションに参加した10人ほどの人たちが「うちの医院ではこういう方法でやっています」と実践例などを教えてくださったり、インストラクターの先生が「このケースはこうした方がいいですよ」と教えてくれたりもするのでお勧めです。何よりセッションに参加すると「みんな頑張っているから、私もやらなきゃ」という気持ちにさせてくれます(笑)。矯正歯科の歯科衛生士さんの難しさ
ー矯正歯科の歯科衛生士さんならではの難しいところがあれば教えてください 柴田さん:やはり矯正治療は中学生、高校生など多感な年齢の患者さんが多いので、接し方は難しいですね。 喜屋武さん:自分から歯並びを治したいと思って来院する患者さんはいいけれど、どちらかというと親御さんの要望のことが多いですからね。以前、治療がスタートしてからしばらくして登校拒否になってしまった患者さんがいて...。その患者さんのお母さんが当病院にずっと患者さんとして通ってくださっていて親しかったのですが、「こんなことになっちゃって」と悲しんでおられました。私も当時を思い出すと悲しくなってしまいます。 柴田さん:矯正治療は人によっては痛みを伴うこともありますし、見た目を気にする患者さんも多いですよね。でも一度中断したけど「再開したい」と帰ってくる患者さんもいらっしゃいます。 喜屋武さん:私は、親御さんがお子さんの歯並びで相談に来た時に、そのお子さんが乗り気じゃないと感じたら、先の例を踏まえて「登校拒否になってしまうこともあるから」という話をして、「本人が歯並びを気になり出したら “矯正したい”と自分から言い出す時期が来るので、そこまで待ってもいいのでは?」とお伝えすることもあります。私にも高校生の娘がいるので、その気持ちは本当によく分かります。矯正に適したタイミングはもちろんありますが、それよりも本人のモチベーションを尊重したいですね。治療期間も長い場合は2年近くかかることもあって、その間にモチベーションが低いとう蝕になってしまう方もいらっしゃいます。そうなってしまうと元も子もないですから。 ーコロナ禍の時期はマスク生活だったので、そのタイミングで矯正治療を選択する人も多かったと聞いたことがあります 柴田さん:確かにマスクが必須でしたから「ちょうどいいタイミングだった」という声はたくさん聞きましたね。矯正治療中は顎間ゴムといって調整用のゴムを1日2、3回自分で交換しないといけないんですが、見た目も目立つし面倒なので学生さんは嫌がります。でもマスク生活の時期は「今なら平気でできます」と皆さんやってくれました。コロナ禍で唯一良かった点でしょうか。 ーあと、矯正治療を担当する歯科衛生士さんは印象を採るのが上手と聞いたのですが、いかがですか? 喜屋武さん:確かに一般歯科より印象を採る回数が多いのでコツはつかんできますね。特にお子さんの印象を採るのは上手になりますよ。 ー確かにお子さんの印象採得は難しいと聞きます 喜屋武さん:ええ。嘔吐反射が大人より強いことが多いですし、印象材が硬化するまでなかなか待ってくれないですからね。それに一般臨床で小児のフルマウスの印象を採るケースはほぼないと思いますから。 柴田さん:印象材は硬化が早いファストセットを使うことが多いですね。 ー最後にお二人の今後の抱負をお聞かせください 喜屋武さん:とにかく健康に留意して頑張ります。最近身体のいろんなところが悪くなって大変なので(苦笑)。細々とでもいいので、長くこの仕事を続けられたらいいと思っています。 柴田さん:最高な治療を受けてもらえるような歯科衛生士になれるよう自分を磨いていきたいですね。喜屋武さんと同様、私もいつまでも健康で働けたら嬉しいです。 ー貴重なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。インタビュイー 喜屋武 利香/柴田 恵 歯科衛生士/歯科衛生士
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