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歯科衛生士として知っておきたい周術期等口腔機能管理におけるポイント

歯科衛生士として知っておきたい周術期等口腔機能管理におけるポイント
歯科衛生士として知っておきたい周術期等口腔機能管理におけるポイント
島根大学医学部歯科口腔外科学講座の講師である松田悠平先生は、口腔がんに関わる臨床疫学の研究者であり、同学部附属病院 歯科口腔外科/口腔ケアセンターの医局長を務める歯科衛生士でもあります。口腔がん手術後の口腔機能障害にまつわる研究のこと、周術期等口腔機能管理におけるポイントなど、お話しいただきました。


さまざまな問題が生じる口腔がんの手術後

-- 松田先生は歯科衛生士でありながら研究者でもあります。歯科衛生士という職種において、そのような方は珍しいように思います。普段はどのようなことを研究されているのでしょうか? 医師・歯科医師・看護師などの他の職種と比較すると研究や論文数にまだ課題の多い職種であることは確かです。ただ、だからこそ、未開の分野であり、研究すべきことがたくさんあります。今、メインで行っているのは、口腔がんの患者さんの手術後の経過を調べ、統計解析や臨床疫学的な視点で分析を行うことです。口腔がんの治療法には放射線療法や抗がん剤治療などがありますが、第一選択は外科療法になります。舌や上下顎を切除することもあり、手術をしたあとの口の中は大変なことになります。例えば、ご飯が食べられない、しゃべることができない。それが手術後における二大困りごとです。また、がんの発生部位によっては顔貌の変形をきたすこともあり、とても深刻な問題です。そのように精神上、身体上、社会生活上、さまざまな問題が生じるのが口腔がんの手術なのです。ところが、手術後の口の中がどのように変化していくのか。社会生活はどのようになるのか。何が原因で患者さんの困りごとが発生するのか。そういった研究はあまり行われていません。そこで口腔機能低下症やオーラルフレイルなどで利用される機能評価の方法を応用し、手術後の患者さんの変化を調べることで、口腔がん手術にはどのような課題があり、患者さんのQOLを維持、向上させるにはどのようなサポートが必要なのかを解明する研究を行っています。 県内唯一の特定機能病院として地域医療に貢献する島根大学医学部附属病院。 口腔ケアセンターは2019年より運用が開始された。 -- 島根大学医学部では教壇にも立たれているそうですね 肩書きとしては歯科口腔外科学講座/歯科口腔外科の講師になります。医学部の中にある講座のため、歯学部ほど詳細な授業を行うわけではありませんが、医師や看護師を目指す学生たちに、一般的な歯科治療や口腔がん、顎変形症、顔面の発達障害といった口腔全般に関する授業を行なっていて、さまざまな先生が教える中で、私も周術期口腔機能管理に関わるいくつかのコマを担当しています。看護学科の学生の中には保健師を目指す方もいるので、口腔管理の話だけではなく、学校歯科保険に関する授業を行うこともあります。 医学部や看護学科の学生に指導を行っている様子 -- 臨床の現場にはどのように携わられているのでしょうか? 臨床での肩書きは口腔ケアセンターの副センター長になり、歯科衛生士として主にがん治療をする患者さんの周術期等口腔機能管理を行っています。臨床には月曜日から金曜日まで携わっていますが、病院のスタッフではなく大学の教員という立場なので、ウェイトとしては、臨床5割、研究4割、教育1割くらいの関わり方だと思います。もともと研究者になりたいという思いが強くあったため、今でも研究を行う時間を大切にしています。むしろ、研究については仕事なのか趣味なのかわからないところがあって、没頭すると土日や昼夜に関係なく、のめり込んでしまうことがあります(笑)。 松田先生の研究室がある第二研究棟。勤務時間の半分はここの研究棟で過ごしているという。 研究室での様子。さまざまな口腔がん患者のデータを臨床疫学的な視点で分析を行っている。

手技的なことだけではなく、大切なのは精神的なサポート

-- 周術期等口腔機能管理の有用性は歯科だけに限らず、今では他の診療科の先生も含めて知られるようになったと思います。ただ、現実的にはまだまだ実施されていない医療現場も多くあります。そうした課題について、実際の現場で活動されている松田先生のご意見をお聞かせください 周術期等口腔機能管理は2012年の診療報酬改定で保険収載されてから、研究が一気に進み、周術期における口腔機能管理が治療中のトラブルや手術後の感染症の予防に有用であることが知られると、医科歯科連携も進みました。ただ、おっしゃる通り、歯科が併設された病院を中心に行われていて、全国的にみれば、まだまだ十分とは言えない状況です。もうひとつ、現在、課題となっているのが、がん患者の退院後における口腔機能管理です。がんの患者さんは治療を終えたあとも、長期的、あるいは生涯を通じて歯科による定期的な管理を必要とする方が少なくありません。周術期後の患者さんをしっかり診ていくためには、歯科診療所に勤務する歯科衛生士の活躍が欠かせません。ところが、実際には周術期等口腔機能管理を日々の業務として行っている地域の歯科衛生士の数は限定的です。一方で、医療技術の進歩から、がん治療後の生存率は上がり、また、高齢化を背景にして、がんの罹患者数も増えています。つまり、がんの治療を終えたあとも何かしらのダメージや後遺症を抱えながら社会復帰する人が今後、増える可能性があるのです。ですから、地域で働く歯科衛生士であっても全身疾患やがん治療の知識が今以上に求められる時代になるように思います。 -- 周術期等口腔機能管理では歯科衛生士はどんな業務を行うのでしょうか? 基本的には手術前後の口腔衛生管理や手術後の摂食嚥下領域、口腔の合併症が生じる抗がん剤治療、放射線治療などのサポートです。口腔衛生管理については、プラークや歯石を除去するという点で、歯科診療所で行われている歯周病治療と行為自体にあまり変わりはありません。ただ、目的がまったく違うので、一緒かといえば別物であると言えるでしょう。いちばんの違いは周術期の患者さんは時間がないことです。一週間後に手術をする、あるいは早い方だと明日、手術をする、そうした患者さんが相手なので、短時間でいかに効率よく口腔内細菌を減少させて、手術に備えるか、という点が大事なポイントになります。私たちの仕事は医師が行うメインの治療に対する、あくまでサポート(サポーティブケアと呼びます)であり、裏方/バックアップの仕事です。もちろん、通常の歯周病治療のように数回に分けてスケーリングを行い、ブラッシング指導をして、再評価をして、ということができれば、理想的かもしれません。しかし、実際には治療開始までに時間はありませんし、そんなに時間をかけてしまうと、メインの治療に支障を来たしてしまいます。だからこそ、地域の歯科診療所で働く歯科衛生士の皆さんに知って欲しいのは、病気になる前の普段からのう蝕や歯周病に対する治療、予防が大切だということです。普段からそのような意識を持って口腔衛生管理を行っていただけると、将来的にがん治療を行う患者さんの感染予防につながると思います。 歯科口腔外科/口腔ケアセンターの受付と待合室 周術期の患者さんの口腔ケアは松田先生をはじめとする歯科衛生士の重要な役割 -- 周術期の患者さんを診る際のポイントはありますか? がんの治療は外科療法、放射線療法、抗がん剤治療が三本柱と呼ばれ、それぞれ単独で行うこともあれば、病状によっては組み合わせることもあります。例えば、頭頸部がんの患者さんの中には、手術が終わったあとに放射線療法と抗がん剤治療を行うケースがあり、どちらも副作用として口腔粘膜炎を発症しやすいことが知られています。これは大きな口内炎のようなもので、口の中が血だらけになります。また、抗がん剤治療を行うと免疫力が落ちるので、今までなんともなかった親知らずや歯肉が急に腫れてしまったり、発熱してしまったりすることがあります。このように、同時にいくつもの療法を行う患者さんは副作用がとてもつらく、中には心が折れて治療を断念してしまう方もいます。重度の口腔粘膜炎があっても痛み止めを使用しながら口腔内を清掃したり、食事指導をしたりするのですが、そういう時に大切になるのが精神的なサポートです。私たち歯科衛生士は主治医の先生や看護師さんと違って、あくまで裏方の職種なので、患者さんとしても悩みごとの相談だったり、ただただ弱音や愚痴を吐いたり、そうしたことができる相手になることがあります。弱音を聞くだけでも、患者さんの気持ちが和らぐこともあるので、精神的な面でも患者さんを支えられるように普段から心がけています。 -- 本当につらい患者さんに対しては、どのようにサポートをするのでしょうか? 同じ治療をしていても人によって捉え方やダメージの受け止め方がまったく異なるので、まずは患者さんの顔色を見て、話している内容をしっかりと聞いて、気持ちを受け止めるようにしています。時にはコミュニケーションスキルの1つとして握手することもありますし、シンプルですが、「僕も頑張るから一緒に頑張りましょう」と声をかけることもあります。本当につらそうな時は頻繁に病室を訪れることもあります。それは処置をするためではなく、「近くを通りかかったから、顔を見に来たよ」という感じで、他愛もない会話をするだけなのですが、それだけでも患者さんの気が紛れることがあります。ある時、ずっと担当していた患者さんから、ようやく治療が終わるという時に「あなたがいたから頑張ることができました」と言われたことがありました。歯科衛生士としての手技的なことはもちろん大切ですが、重要なのは精神的なサポートなのかもしれないと、その時、感じました。歯科診療所では急性期の患者さんと関わることはないかもしれませんが、がん治療というのはそれだけ大変なことなのだと意識するかしないかで、周術期前後の患者さんとの接し方も変わってくると思います。

命を守ることにもつながる大切な仕事

-- 今後の抱負や展望などがあれば、教えてください 私は客員研究員としてスリランカの大学にも所属しています。実は、スリランカには歯科衛生士という資格はありません。インドネシアも同様です。アジア圏には歯科衛生士という職種がない国は意外とあり、代わりに歯科医師やデンタルナースと呼ばれる歯科助手に似た働き方をしている方が口腔衛生に関する業務を行っています。そして、そうした国々では周術期等口腔機能管理の概念がほとんどありません。将来的には周術期等口腔機能管理をアジアの国々に広める役割が日本の歯科衛生士にはあるのではないかと思っています。そのためにも、患者さんのQOLの向上に寄与できるような研究成果を出せるように頑張りたいですし、日本における周術期等口腔機能管理もまだまだ課題は多いので、その解決の一助になるような活動ができればと考えています。 -- 最後にDental Life Designの読者にメッセージをお願いします 周術期における歯科衛生士の役割はとても大きなものです。また、歯科診療所におけるPMTCや口腔衛生指導はがん治療を受ける、あるいは受けた患者さんの命を守ることにもつながります。歯科衛生士の皆さんには、そうしたことを意識しながら、普段の業務にあたっていただけると、嬉しく思います。 インタビュイー 松田 悠平 国立大学法人 島根大学医学部歯科口腔外科学講座・島根大学大学院医学系研究科 島根大学医学部附属病院 歯科口腔外科/口腔ケアセンター 講師・医局長・歯科衛生士

著者松田 悠平

国立大学法人
島根大学医学部歯科口腔外科学講座・島根大学大学院医学系研究科
島根大学医学部附属病院 歯科口腔外科/口腔ケアセンター
講師・医局長・歯科衛生士

略歴
  • 2012年 東京医科歯科大学歯学部口腔保健学科 卒業
  • 2014年 東京医科歯科大学大学院 修了 修士(口腔保健学)
  • 2014年 NTT東日本関東病院歯科口腔外科
  • 2015年 九州歯科大学 助教
  • 2018年 東京医科歯科大学大学院 修了 博士(歯学)
  • 2018年 島根大学医学部附属病院歯科口腔外科 助教・医局長
  • 2022年 東京医科歯科大学大学院 講師
  • 2023年 広島大学大学院 MPHコース 修了 修士: Master of Public Health (MPH)
  • 2023年 島根大学医学部附属病院歯科口腔外科 講師・医局長
  •     口腔ケアセンター 副センター長
松田 悠平

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