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日本の小児の齲蝕減少の歴史
その4 哺乳瓶齲蝕

2021/11/9 デンタル〇〇デザイン

現在、乳歯齲蝕は激減したが、急に減少したのではない。
時系列的には、以下のタイプAからタイプEの順に減少してきた。



タイプAは、1970年代に多かった、乳前歯部の残根・乳臼歯部の多数歯重症齲蝕。

初発の原因の大半が、哺乳瓶の使用による"哺乳瓶齲蝕"である。
哺乳瓶に含糖飲料を入れて与えるだけでなく、人工乳にも蔗糖が加えられていた。注1

就寝中、唾液が分泌されないので、中性に戻す緩衝作用が働かない。注2
そのため、夜間は歯が溶かされ続けたのである。
低年齢児の齲蝕が爆発的に増加したのは、これが原因であった。
しかも、齲蝕の初発年齢が早いので、2歳前に上顎前歯が残根状態になっていた。



当時は、"むし歯の歯が生えてきた"という表現まで聞かれた。
乳前歯に初発した齲蝕は、瞬く間に第1乳臼歯、さらに第2乳臼歯に広がる。



すなわち低年齢児の前歯部の齲蝕は、"出火当時の火事"といえる。



タイプAの口腔内は、まさに山火事の状態なのである。


このような背景から、1978年に1歳6か月児歯科健診が始まった。
そこで、哺乳瓶齲蝕に対する指導が行われ始めた。
こうして、乳前歯部の齲蝕軽症化し、タイプBのパターンが増えてきた。



しかし依然、臼歯部は多数歯の重症齲蝕が多かった。
その後、間食については回数や規則正しく与えることや、保護者による介助磨きを中心とした指導が行われた。
かくして、乳前歯部の齲蝕がなくなり、初発部位が臼歯部咬合面のタイプCになった。



しかし、当時はまだ"早期発見、早期治療"が重要だと考えられていた。
この時期に、齲蝕の治療行っても、すぐに二次齲蝕となる。
しかも理解力に乏しい小児の治療は、泣いて暴れて大騒ぎになる。



無理な治療を続けると、将来の歯科恐怖症になる可能性がある。
実際、成人の歯科恐怖症患者は多い。
その大半の原因が、小児期の嫌な体験と考えられている。

その頃、乳歯齲蝕の予防が治療を考える上で画期的な本が出版された。
横浜臨床座談会 丸森賢二先生の"むし歯予防の実践"であった。




続く

注1:1975年頃までは、人工乳に8~13%の蔗糖が含まれていた。これが問題となり、その後メーカーは砂糖を乳糖に代えた。
注2:唾液緩衝作用は、健康な人で水より1万倍~10万倍強い。