Dental Life Design

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むし歯の少ない町の歯科医師の日常
シーズン2:移住

2021/12/12 デンタル〇〇デザイン

町内の幼稚園、小中学校などで集団フッ化物洗口が実施され、もうすぐ25年が経過しようとしている。その中でもっとも子どもの人数が多い仁尾小学校は、私が学校歯科医であることから、学校の歯科保健活動に歯科衛生士が欠かせない存在となっていて、毎月1回、昼休みに歯科衛生士たちが学校に出向き、ブラッシング指導などを20年間続けている。それ以外にも、児童一人ひとりの口腔内写真を撮影して「口腔写真の記録 - 口の健康ノート」を作成し、児童と保護者が感想・質問を記入した後に、専門家としてのコメントを書き加えている。学校歯科保健活動に歯科衛生士が専門職として積極的に関わり、それを継続することの意義、成果を教職員も十分認識するようになった。そして教職員から歯科衛生士たちにかけられる言葉を聞くと、そこには確かな信頼関係が築かれていることがわかる。

県内の新型コロナウイルス新規感染者が0(ゼロ)の日が続いている12月上旬、歯科衛生士たちに児童の口腔内写真を今年も撮影しようと提案した。本来は新学期の歯科健診が終わった頃に日程調整し実施するのだが、この2年間は、新型コロナウイルスの感染拡大状況を見ながらの対応になった。

彼女たちは、養護教諭に連絡し実施日を決め、当日には午前中の診療を少し早めに切り上げて、短い昼休みをとると出かけて行った。いつも当然のようにすぐに行動に移す彼女たちに感謝するとともに、院長としてはその姿を誇りにも思う。

午後の診療の始まりに主任歯科衛生士と顔を合わせたので、「写真を撮るのもたいへんだろう」と労いの言葉をかけた。すると思わぬ言葉が返された。「先生、そうでもないです。子どもの数が少ない、減っています」、その言葉を聞き、そう言われてみると、今年は特に歯科健診に要した時間が短かったし、毎朝窓から見かける集団登校のランドセルの数は減っている。私がこの小学校に通っていた50年前には、600~700人の児童がいた。少しずつ減少しながら、今年は228人となっているらしい。特に少ないのは1年生で23人、他の学年のおおよそ半数である。

21世紀の日本が少子高齢化によって経済、社会に甚大な影響が現れるといわれてきた。ネット検索をすれば、かなり前から少子社会の現状や将来について、多面的な検討がなされてきたことがわかる。そして、そこに列挙されている問題点について理解することはそれほど難しいことではない。示されている細かな数字を見なくても、子どもの声がほとんど聞こえない社会を想像すると漠然とした不安を感じるのは、集団社会に生きる生物の本能なのだろうと思ったりもする。とにかくこれが私たちの直面している大きな課題の1つであることを、目の前に強く提示された日となった。

その一方で、数年前から診療所には耳に馴染んでいる讃岐弁を話さない人たちが来院するようになった。ほとんどが成人、中高年齢層の患者さんで、問診時の会話の中で移住してきたという言葉に出会うことが多い。住環境、自然環境、交通の便、仕事のスタイルなどさまざまな要因を考慮し、移住地としてこの地を選択したわけだ。診療の合間に移住に至るまでの経過を聞きながら、私は頭の中でちょっとした想像ドラマをつくり上げてしまう。彼らの発する言葉から、普段私たちが何気なく目にしている風景や生活環境の価値に気づかされることも多い。そして他の候補地の状況を聞き、日本の過疎化の進行度合を知ることもある。

歯科医師という立場からすれば、移住先を探している若い家族がこの町を訪ねてきたら、「むし歯の少ない町」とアピールする価値は十分あると思う。カリエスフリー(むし歯のない)の状況で成人を迎えることは、生涯の口腔の健康にとって非常に有利な条件であることを、専門家の私たちは日々実感している。もっと望ましいのは、日本のどこかの町が水道水フロリデーション(水道水フッ化物濃度調整)を実施し、「我が町に移住し水道水を使用しながら普通に生活すれば、生涯にわたりむし歯の発症が半分になります」とアピールする方がインパクトははるかに高いと思う。そんなことを考える歯科医師は私だけだろうか。(拙著『季節の中の診療室にて 瀬戸内海に面したむし歯の少ない町の歯科医師の日常』(クインテッセンス出版刊)を参照)

その夜スマホの写真ライブラリーを開くと、竹林の向こうのライトグレーの空に、三日月と明星が絶妙な配置で並ぶ画像に目が留まった。即座に日本人初民間宇宙旅行のニュースと「やがて人類が、他の星に移住をすることは十分に考えられます」という言葉が思い出された。ところが墨絵のように美しい写真を眺めれば眺めるほど、夢の移住話よりも急迫している少子社会や地球温暖化のことが頭の中を占拠していく。