かつて歯科医療は、齲蝕を早期に発見し・早期に治療することが重要視されていた。 大学教育における模型実習の大半は、齲蝕歯を形成し充填するものである。 そのため、齲蝕があれば修復することが、歯科医師の務めであると考えがちである。 これは小児歯科でも同様で、泣き叫んでも歯科医学的には正しいと考えられていた。 しかし治療が終わっても、すぐに新しい齲蝕ができたり、二次齲蝕となり悪循環に陥っていた。 乳歯齲蝕は急速に広がるため、早期発見・早期治療では追いつかない。 また無理な治療が、トラウマとなり成人期の歯科恐怖症につながる可能性がある。 泣きたくなるのは、小児ばかりでなく、歯科医療従事者も同様であった。 この様な"早期発見・早期治療"という概念を打ち破ったのが、横浜臨床座談会の"むし歯予防研究会"であった。 丸森賢二・今村嘉男著の「ブラッシング指導」(医歯薬出版 初版1978年)には、以下の様に書かれていた。 「むし歯が進行停止するなんて考えても見なかったことでしょう。今まではむし歯を見つけるとすぐ治すことを考え、指導を後回ししていたので気がつかなかったのです。進行が停止するなら治す必要がなくなります。早く見つけて小さいうちに指導すれば小さなむし歯にとどめられますし、この時期に行う軌道修正は楽です・・・・・。」 さらにその下には衝撃的な2枚の写真があった。 2歳2か月児:歯頸部齲蝕があり、進行を止めるためサフォライドが塗布されている。 次に、同一児の3歳11か月時。 サフォライドの塗布部分が黒光りしており、数ミリ切端寄りになっている。 この部分は2歳2か月時には歯頸部であったが、萌出とともに移動したのだ。 しかも、その面積は、変化していない。 もし進行が停止していなければ、齲蝕が広がっていたはずである。 この本が出版されるまで、歯科治療において"齲蝕の進行を停止させる"という概念がなかったのである。 低年齢児の乳前歯に齲蝕ができると、瞬く間に臼歯部に広がる。 そこで、乳前歯に兆候があると、積極的に齲蝕の進行を抑制することを考える。 そのためには、砂糖を控えて歯磨きをする。 齲蝕の原因除去が、そのまま治療につながるのだ。 さらに、これは"新たな齲蝕を作らないこと"にもなる。 すなわち、"齲蝕の予防"と"進行停止"は,表裏一体なのである。 こうして定期健診を繰り返し、歯の治療に協力的な状態になってから、治療をおこなえば誰もが楽になる。 もちろん、より早期に発見すれば、サフォライド塗布の必要もなくなる。 これは2歳6か月児の口腔内。 1歳6カ月児歯科健診で、エナメル質に実質欠損を指摘され来院した。 しかし指導のおかげで、1年後も歯頸部はきれいで臼歯部齲蝕も見られない。 低年齢児の齲蝕は、"予防指導が主であり、治療は従の診療である"ことがわかる。 参考文丸森賢二・今村嘉男:ブラッシング指導、医歯薬出版、1978年
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
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