先月<https://d.dental-plaza.com/archives/14084>に引き続き、スウェーデン・イエテボリ大学名誉教授のドーベン・ビルクヘッド先生の「日曜のフィーカ」<https://d.dental-plaza.com/archives/10357>でのウェビナーから発展して、現在、スウェーデンでは摂食障害による酸蝕症(トゥースウェア)にどのような対策が行なわれているのかをお聞きする機会がありましたので、お伝えいたします。なお、トゥースウェアについては、こちらのビデオで基本情報が解説されています。【ToothWearとはどんな意味ですか?】今更聞けない歯科知識 新人歯科衛生士さんのためのお悩み相談室/森田久美子先生<https://youtu.be/hEDA-JUQOs4> 摂食障害には神経性食欲不振症(または拒食症)と神経性過食症があります。欧米から報告が始まった摂食障害ですが、日本では1970年代中頃に認知され始めました。その後、日本の摂食障害の有病者は倍々に増え、現在世界で最も摂食障害の有病率が高い国と言われています(Pike et al. 2015)。思春期・青年期女性の有病率は拒食症が0.1-0.2%、過食症が1-3%程度とのことです(e-ヘルスネット)。罹患しているのは圧倒的に思春期・青年期の女性が多く、それはスウェーデンでも同じだそうです。拒食症にしろ過食症にしろ、自己誘発性嘔吐を繰り返す症例では、酸蝕症(トゥースウェア)の他に唾液腺腫脹や吐きダコが認められます(e-ヘルスネット)。 摂食障害による酸蝕症は、胃液によるもので(内因性)、最初に上顎前歯口蓋側の歯肉縁ギリギリから切端側へ広がる酸蝕の特徴があります(ハンソンら 2014)。その後、小臼歯の口蓋側面と咬合面に及びます。摂食障害の既往歴があったり、初期徴候から摂食障害が疑われたら、歯科処置としては、まず、個人トレーを作ります。そして、患者には嘔吐前にフッ化物ジェルをそのトレーに入れて口腔内に装着してから、嘔吐するように指導するのだそうです。フッ素は齲蝕予防効果ほどの効果はありませんが、酸蝕症(トゥースウェア)を予防してくれます。嘔吐後すぐに制酸剤 antacid tablet を服薬してもらいます(Lindquist et al. 2011)。制酸剤 antacid tablet がなければ、重曹水で嗽をしてもらいます。また、舌背に胃酸が残っているので、舌磨きを忘れずに!これらの対処で、さらなる酸蝕症は予防できるとのことです。 なお、1990年前後に、拒食症は発展途上国では起こらないと聞いたことがあります。その頃の発展途上国はどこでも飢餓に苦しみ、お腹がぷっくり膨れ、腕が骨と皮だけの子どもの映像を見るのが常でした。摂食障害は食べ物に困る時代には発現しない、完全な文明病なのですね。人類は物質的に豊かになっても、精神的には何かが犠牲になっていると感じざるを得ません。特にどこの国でも共通して若い女性にその皺寄せが集中していることは、考えさせられます。 ※「写真はドーベン・ビルクヘッド教授のご厚意による Photos courtesy of Dowen Birkhed」 ビルクヘッド先生は「日曜のフィーカ」で次のようなお話もしてくれますので、これらのウェビナーにご興味のある方は、psap@honto-no-yobou.jpまでご連絡ください。見逃し配信用の録画も用意しています。 ・2021-10-31 スウェーデンの歯科医療システムについてイントロダクション ・2022-01-09 酸蝕症(トゥースウェア) ・2022-03-20 馬とヒトの齲蝕と唾液 ・2022-05-29 矯正と齲蝕 ・2022-07-31 カリエスリスクのある患者へのフッ化物配合歯磨剤の補助としてのフッ化物洗口 ・2022-10-16 糖尿病と齲蝕 ・2022-11-20 喘息と齲蝕 ・2023-01-29 フッ化物バーニッシュ ・2023-03-19 根面齲蝕 ・2023-05-28 口臭症 参考文献 摂食障害:神経性食欲不振症と神経性過食症 | e-ヘルスネット(厚生労働省) https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-005.html Pike, K. M., & Dunne, P. E. (2015). The rise of eating disorders in Asia: a review. Journal of eating disorders, 3, 33. ベンクト・オロフ・ハンソン (著), ダン・エリクソン (著), 西 真紀子 (翻訳)「トータルカリオロジー (スウェーデンのすべての歯科医師・歯科衛生士が学ぶ)」((株)オーラルケア 2014) Lindquist, B., Lingström, P., Fändriks, L., & Birkhed, D. (2011). Influence of five neutralizing products on intra‐oral pH after rinsing with simulated gastric acid. European journal of oral sciences, 119(4), 301-304.
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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