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歯科医院で気にかけてほしい子どもの全身疾患 第2回:先天性心疾患

歯科医院で気にかけてほしい子どもの全身疾患 第2回:先天性心疾患
歯科医院で気にかけてほしい子どもの全身疾患 第2回:先天性心疾患
「乳歯が抜けずに永久歯が生えてきたみたいなんです。この子、ダウン症候群だけど、歯医者は好きで、上手にできるんです!」 

このような患者さんが来院されました。診査とデンタルX線写真の撮影はスムーズでした。乳歯の根はほとんど吸収しておらず、動揺もほとんどありません。浸潤麻酔を使用して抜歯したほうがよさそうです。麻酔は初めてのようですが、アレルギーはなく診察にも協力的です。さて、このまま抜歯をしても良いでしょうか?

服薬の多い高齢の患者さんなど、処置の前には既往歴を丁寧に確認されると思いますが、元気そうな子どもたちでもいくつか注意して確認すべきポイントがあります。

例えば、今回のようなダウン症候群の方に合併しやすいのが、先天性の心疾患です。ファロー四徴症や心室中隔欠損症などの多くの先天性心疾患は、観血的な歯科処置による感染性心内膜炎の発症リスクが高度または中等度であり、抗菌薬の術前投与をして予防に努めることが推奨または提案されています。感染性心内膜炎を発症した場合、適切な治療を受けなければ、多くの合併症を引き起こし、死に至ることもあります。

予防的抗菌薬投与に用いる第一選択薬は、アモキシシリンをはじめとしたペニシリン系薬です。小児の場合、体重1kgあたり50mgを処置の1時間前に内服します。

例えば小学校低学年で体重が20kgとすると、アモキシシリンの量は1,000mgにもなり、最初は量の多さに驚き、服薬にも苦労するかもしれません。しかし、歯科処置を行う時間に抗菌薬が十分な効果を発揮し、かつ術後の細菌の増殖を防ぐためには、抗菌薬の量と服用時間を守ることが大切です。

予防的抗菌薬投与の必要性については、心疾患の主治医の先生から説明されていることが多いものの、保護者の捉え方はさまざまで、「歯科で心疾患のことを伝えないといけないとは思っていなかった」といわれることもよくあります。歯科治療においては、特に知的能力障害のある患者さんの場合、医療従事者も保護者も協力度などに気を取られて確認を忘れやすくなります。新生児の約1%は何らかの先天性心疾患を有するといわれていますが、歯科医院において必ずしも患者さん側から伝えてくださるケースばかりではないことを気に留めておいていただければ幸いです。

心疾患を有する可能性がある場合、もっとも確実なのは医科の主治医に対診をとることです。予防的抗菌薬投与が推奨される歯科処置としては、抜歯のほか、出血をともなうような歯石除去や感染根管処置など、表1に示すようなものが挙げられます。



対診では、浸潤麻酔を使用することや歯科処置の内容をわかりやすく記載し、予防的抗菌薬投与が必要かどうか、その他の注意事項があるかどうかを尋ねることで明確な指示が得られます。主治医に対診をとることに加えて、「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2017年改訂版)」に記載の内容も参考になります。

主治医から抗菌薬投与が必要ないという返答をいただけた場合には、通法どおりに処置が可能です。投薬が必要な場合、主治医の先生が処方してくださることもありますし、歯科医院で処方することも可能です。処方の際は、レセプトの摘要欄に「感染性心内膜炎予防のため抗菌薬前投与」などと記載しますが、この辺りはそれぞれの地域でもご確認ください。実際の処置前には、問題なく服薬できたかどうか確認した後、口腔内清掃と含嗽剤を使って清潔にしてから行うと良いでしょう。

心疾患を有する患者さんへの対処法の流れを図1に示します。地域でかかりつけ歯科医としてご活躍の先生方の場合、ご家族で受診される患者様も多いことと想像します。全身疾患があると聞いてすぐに「大きい病院に紹介しましょう」とせず、少し配慮して対応いただくことで、ご家族一緒に続けて通院でき、さらなる信頼関係の向上につながるのではないかと思います。もちろん、協力度が対応困難であったり、口腔内の状態が特殊だったりする場合には、早めに専門機関へご紹介いただくことが患者さんのメリットにつながります。


図1 心疾患を有する患者への対処法。

先天性心疾患を有する患児にとって、観血的処置時の主な予防策は抗菌薬投与ですが、感染性心内膜炎予防のためには、日ごろから良好な口腔環境を維持することがより大切だと考えられています。患児に処置が必要な時だけでなく、定期的な歯科受診とプロフェッショナルケア、適切な口腔衛生指導によって、日ごろから口腔衛生習慣をつけていただけるようアドバイスいただければと思います。



著者岩本 優子 / 野村 良太

広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子 / 広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太

広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子
  • 2009年、広島大学歯学部歯学科卒業。
  • 2014年、同大学博士(歯学)
  • 2016年より現職。
  • 日本小児歯科学会専門医。日本障害者歯科学会認定医。


広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
  • 2002年、大阪大学歯学部卒業。
  • 2006年、同大学博士(歯学)。
  • 2011年、同大学歯学部附属病院(小児歯科)講師。
  • 2015年、同大学大学院歯学研究科口腔分子感染制御学講座(小児歯科学教室)准教授。
  • 2022年2月より現職。
  • 日本小児歯科学会専門医指導医。
岩本 優子 / 野村 良太

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