東京都江東区の在宅医療・介護の現場で、患者さんや関連職種の方々から厚い信頼を得ている角田愛美歯科医院。在宅訪問歯科診療の技術はさることながら、患者さんの生活に寄り添う姿勢も人気の秘密です。角田愛美院長の在宅訪問歯科にかける想い、そしてエネルギッシュな人柄について探りました。 東京都江東区 角田愛美歯科医院 院長 角田 愛美 先生 <角田 愛美(すみだ えみ)先生プロフィール> 1996年 東京医科歯科大学歯学部 卒業 2006年 東京医科歯科大学歯学部大学院 卒業 2020年 角田愛美歯科医院 開院 歯学博士 日本口腔外科学会 認定医 日本摂食嚥下リハビリテーション学会 認定士何より在宅訪問歯科は楽しい
― まず在宅訪問歯科を始められたきっかけからお聞かせください 一言でいうと「楽しいから」、それに尽きます。もともとは大学院生だった時にアルバイトとして在宅訪問歯科診療に携わったことが始まりです。お世話になった歯科医院は江東区にありましたが、「こんな大都会、東京にどうしてこんなに歯がボロボロの要介護高齢者が、しかもこれほどたくさんいるのだろう」と驚きました。医療アクセスが困難な方たちを元気にできることにやりがいを感じ、何よりも患者さんとの交流が楽しくて、すぐにハマりました。 ― 外来診療とは何が違うのでしょうか? 「多職種との連携」と「歯科治療の目的」の違いが大きいです。外来では一口腔単位での形態と機能の回復が主となりますが、在宅では多職種とともに、生活を支える、自立への支援をするという共通の目的に向けて、歯科の分野の専門集団としてアプローチしていきます。その目的のためには、保存的な治療より抜歯が優先されることも多いです。さらに、在宅訪問診療ではどんなに傷んでしまった義歯でも、可能な限り即日で噛んで食べられるように直します。高齢者にとって口から食べられなくなることは、低栄養に直結するため、スピードが大事なんです。 また、私たちがかける言葉一つで患者さんの活力が変わります。多くの要介護を認定され、通院することが困難になってしまった患者さんたちは、義歯の破折、口の痛みや違和感などで噛んで食べることを我慢しています。あるいは、歯科治療を受けられることも知らなかったり、治療を受けることそのものに対してもあきらめていたりします。だから、「なかなか本音が言えなかったんですね」「我慢していたんですね」という声かけをすると、これまで溜め込んでいた思いがあふれ、涙する方がたくさんおられます。そして、歯科治療で改善できる可能性を伝えるだけで、その涙が明日の希望と活力へと変わるんです。疾患や状況自体は変わらないのに、声かけ一つで本当に変わります。患者さんの口の悩みに寄り添い、解決できるのは私たち歯科医療従事者しかいません。そして、そんなことができる在宅訪問歯科はクリエイティビティが発揮できる仕事であり、それが人々の喜びにつながる素晴らしい仕事だと思っています。 ― このたび在宅訪問歯科の現場に同行させていただきましたが、歯科衛生士さんが患者さんやご家族からとても信頼されているように感じました 歯科医師をサポートするだけが歯科衛生士の仕事ではありません。要介護高齢者にとって口腔衛生は命に関わることですので、歯科衛生士こそが主役です。また、患者さんの生活を支えるためには、形態の修正と口腔衛生管理にとどまらず、機能の維持向上、つまり咀嚼や嚥下、口腔リハビリの知識や技術が必要です。当院ではそういうところまで関わり合うため、患者さんたちから頼られるのかもしれません。何よりも患者さんと明るく接するスタッフばかりなので、みんな私よりも人気がありますよ(笑)。 自宅で脳出血後遺症のリハビリを続けるAさん(53歳)。スムーズな咀嚼や嚥下には、顎や首、肩などの筋肉の動きも大切。訪問した際は、口腔ケアだけでなく筋肉のリハビリも行っている。 ― どこの歯科医院もスタッフ集めには苦労しているとお聞きします。先生はどのようにして募集されているのでしょうか? 多くがこれまで現場で出会った仲間たちです。大学院時代にお世話になった歯科医院で出会った歯科衛生士たちも来てくれました。ありがたいことに皆で心を込めて診療を行えば行うほど、依頼をいただくことが多くなってきました。どうしてもお断りせざるを得ないケースが出てきたため、求人サイトを活用しながらスタッフを集めていますが、最近は、ホームページに直接連絡をいただくことも増えてきました。いまでは 20名を超えるスタッフに囲まれ、より多くの患者さんに、そして質の良い治療を提供できるよう組織づくりを最大の課題として必死で対応を進めています。 角田愛美歯科医院のスタッフの皆さま。「これまでの出会いを大切に、頼れるスタッフを少しずつ増やしていきました」と角田先生。他職種との絆が深まり、歯科治療の楽しさを倍増させる在宅訪問歯科
― 在宅訪問歯科に対するニーズはどのように感じておられますか? 当院がある東京都江東区には300軒以上の歯科医院がありますが、そのうち在宅療養支援歯科診療所1(歯援診1)の要件を満たしている歯科医院は、当院を含めて6施設だけです。特にこのあたりの地域は築50年以上の団地群やマンション群があり、そうしたエリアでは一気に高齢化が進んでいます。また、介護が必要になった親御さんを呼んで同居を始める世帯も増えています。到底、6施設だけで在宅訪問歯科診療をまかない切れるものではありません。 一方で、2024年度の介護報酬改定では口腔連携強化加算が新設されるなど、制度として歯科と他職種の連携強化が図られています。歯科診療報酬改定でも在宅訪問歯科診療は優遇されている傾向があり、国を挙げて力を入れていることは確かです。 ただ、高齢者が増えているからといって、待ちの姿勢でいるだけでは集患は難しいかもしれません。地域包括ケアセンターや介護事業所、患者さんのツテなどを使って、「在宅訪問歯科を始めました。〇〇の診療に取り組みたいと思っていますので、よかったら連絡ください」と挨拶に行くことも大事だと思います。医科や他職種と信頼関係を築き、パートナーシップをもとに患者さんの治療を進めることができれば、確実に依頼が増えるだけでなく、協働の悦びで歯科治療の楽しさが倍増します。 ― 在宅訪問歯科を行う上で欠かせない道具や器具はありますか? 歯科適合試験用材料をうまく使いこなせない若い先生が意外に多いように思います。患者さんが義歯を痛がると、口の中のどこかに当たっているからだろうと考え、つい、痛みの部分を削ってしまうことに終始しがちです。しかし、この痛みの部分は原因ではなく、結果として起こっています。要介護高齢者の場合は、口腔内の変化に対して、むしろ、削合より添加が必要な場合があります。歯科適合試験用材料を使うと、義歯床と床下粘膜の間の問題を立体的にチェックできるので便利です。あと、ポータブルX線装置もフィルム自体は大変小さいですが、例えば病変部の骨部分と対側部分で健側の骨部分を比較するなどの工夫をこらせば、情報量が増えるので診断に非常に役立ちます。ただ、外来診療のように手を伸ばせば何でも道具がそろっているような環境ではありません。道具が無ければ無いなりに、その場にあるものを利用して臨機応援に対応することも在宅訪問歯科では大切なスキルになり、それこそが楽しいところでもあります。 高齢者の口腔に対して理解を深め、「噛める義歯」を製作できることが、在宅訪問歯科に携わるうえで必要不可欠なスキル。 ― 診療日の1日の流れを教えてください 寝ている時間以外は常に全力投球。在宅訪問歯科に関する何かしらのことをやっています。職人気質を持っているので、自分で患者さんを診る分には、それが何人であろうと、まったくストレスにはならないのですが、医院経営には頭を悩ませることがしばしばです。だから、開業してからは毎日がエキサイティングでもあり、楽しくもあり、また、ヘトヘトでもあります(笑)。歯科の使命は在宅訪問歯科の現場にある
― では、休日はどのように過ごされているのでしょう? 休日なんてあるわけないじゃないですか!というのは冗談にしたいけど本当のことではありますが(笑)、「これが開業するってことなんだ」と、やってみて初めて知りました(笑)。本当はサーフィンが好きで、以前はしょっちゅう海に出かけていましたが、今年は1回しか行けていません。それでも、海に行けた際には体がしっかり動くよう、日々の準備として、初動負荷トレーニングという比較的軽い運動は可能な限り行っています。 角田愛美歯科医院の外観、待合室の様子。診療エリアには、外来診療に対応するための治療用チェア1台が置かれている。 ― スポーツはお好きなんですか? はい。大好きです。一つ上に兄がいた私は、とにかく小さいころからやんちゃで体を動かすことが大好きでした。実は高校時代に左ひざの前十字靭帯と半月板を損傷し、その後再建手術をしたのですが、再び断裂し、いまだに関節炎を患っていて、私自身が現役のリハビリ患者です(笑)。関節可動域制限があり、そして痛みのある足が悔しくて、悔しくて、絶対無理と思われたトライアスロンに挑戦したこともあります。私自身が慢性炎症のつらさや痛み、そして拘縮によって生活の活力が奪われるということを毎日経験しています。だから器官は違っても、患者さんの口の中に慢性炎症が残存していることは、どれだけつらいだろうかといつも思います。特に義歯で悩んでいる患者さんをみると、本来はご本人が努力したり、薬を飲んだりすることもなく歯科医療者側で治せるわけですから、「そんな痛みは我慢する必要すらないよ」と思います。 ― 噛んで食べたいと希望される患者さんは多いのでしょうか? たくさんいらっしゃいます。やはり食というのは人間にとって生きることと直結しますし、大きな喜びです。だから、噛んで食べることを諦めていた患者さんからすると、噛める義歯というのは、単に補綴物という、形態と機能の回復の領域を超えた「希望の装置」なんです。そして実は、ご家族にとってもそれは同じです。 先日、できたばかりの義歯を葬儀場にお持ちしました。ご家族にお渡しすると、とても喜ばれていました。亡くなられた患者さんは大病をされて入院していたのですが、退院時にすぐに呼ばれ、余命はわずかかもしれないけど、と義歯の作製依頼を受けました。ご家族としてはもう一度、好きな食べ物を口から食べてもらいたかったのです。時間がないことは承知の上で、心して作製を開始しましたが、結局完成した義歯をお口に入れることはできませんでした。それでも最後まで私たち歯科医療従事者が手を尽くしたことで、残されたご家族にとっては納得できる部分があったと思います。このタイミングで義歯を作ることが医学的に、また医療経済的に正しいかという問題はあることも承知しています。そもそもこの装置は、食べるという機能サポートのためでしたが、私たちの想いとそして残されたご家族の表情からは、それ以上の役割になりえたのではと確信せざるを得ないのです。 パーキンソン病を患うBさん(92歳)。何度声かけしても、なかなか目覚めてくれなかったが、最後には元気な笑顔を見せてくれた。 2年前の大病をきっかけに在宅訪問歯科を受診するようになったCさん(91歳)。壊れてしまっていたクラスプにその場で応急処置を行った。勤務医の武智先生の処置の様子を見守る角田先生。 ― 看取りまで関わることについては、どんな想いをお持ちでしょうか? 今でも、ある程度の段階になったら「歯科はこれ以上は結構です」と言われて、最後まで診られない経験があることは事実です。でも、ご家族やケアマネさんの中には「最後の最後まで口腔ケアをする必要がある」と考えてくださる方が大半です。 看取り間際の患者さんに口腔ケアを行ったら、「お風呂に入るよりも気持ちいい」と言われたことがあります。最後の最後まで口の中を清潔に維持して、最後の最後までできるだけ口から食べる機能や味わいの感覚を維持していくことは、その患者さんの尊厳を守ることだと思います。最期を迎える患者さんにとって、そして、ご家族や介護者にとっても口は残された数少ない社会性の場であり、スプーン1本で表現できる愛情表現の場であり、それは言葉がなくてもコミュニケーションであり、悦びの場であります。もしそこに当事者たる歯科が携われない場合は、私は大変悔しく思いますし、力不足を感じます。 以前、亡くなった後に保清などを行うエンゼルケアに呼ばれたことがありました。看護師さんが身体のケアを、私たちが義歯がお口に入るよう修正し、口腔ケアも行いました。これは特殊な例だとは思いますが、それでも最後の最後まで歯科に携わって欲しいと願っている方がたくさんいることは事実です。人間の尊厳を守るという歯科の使命が在宅訪問歯科の現場にあることを多くの歯科医療従事者に知っていただきたいと思っています。 インタビュイー 角田愛美歯科医院 院長 角田 愛美 先生