医療行為は5,000年前から行われていた
全6回にわたり、医療の歴史について解説します。歴史は今をよりよく知るために必要で、未来を考える資料となります。私たちが日常的に行っている診療はすでに5,000年前に行われていました。現在の医療技術や医療制度は、突然に完成したものではなく、先人が行ってきた歴史の上に成り立っています。すなわち、歴史の上に新しい理論を構築していく作業を繰り返してより良い医療を行っていきます。先人の偉業を知ることで、医療の一端を担っているわれわれは何か誇らしい気分になり、仕事に力が湧いてきませんか? 医療の歴史的変化、特に過去の転換期を知ることで、新しい理論・技術の進歩やこれからの医療がどうあるべきかを考える基盤となります。 医療・健康に関する歴史は古く、エジプト医学、バビロニア医学、ヘブライ医学、ギリシア医学、ローマ医学など、それぞれの古代都市での記述があります。病気については現在と共通していることが多い一方で、現在の科学的な医学でなく経験や宗教的要素の強いものでした。また、病気は神の力や悪霊が原因と考えることも多く、呪術や祈祷などの治療も多く行われていました。 今回は、史上最古の古代エジプト医学に焦点を当てました。ピラミッドやミイラからエジプト文化を研究していることはよく知られていますが、医学はパピルスに書かれた記録物から過去を知ることができました(図1)。図1 パピルスの作製とそれに医療を記録している古代エジプトの医師のイメージ(生成AIにて画像作成)。 パピルスとは、ペーパー(紙)の語源となった古代エジプトで使用された筆記用具の一種です。ナイル川流域に生育するパピルス草(カヤツリグサ科の植物)の茎を薄く裁断し、層状に重ね合わせて作られたものです。
エジプト医学の再発見
古代エジプトの医学について、私たちが詳しく知ることができるようになったのは比較的最近のことです。1822年、フランスのジャン=フランソワ・シャンポリオンによるロゼッタ・ストーンの解読が、古代エジプトの文字や文化を理解する扉を開きました。ロゼッタ・ストーンとはファラオを称え、忠誠を誓うように命じるプトレマイオス5世の勅令がヒエログリフ(聖刻文字ともいわれる象形文字)、デモティック(民衆文字)、古代ギリシア文字の3種類の文字で刻まれていた石柱で現在、大英博物館(イギリス)に収蔵されています。医学パピルスが語るエジプト医学
現在までに発見された8点の医学パピルスの中で、特に重要なのが「カフーン・パピルス」、「エドウィン・スミス・パピルス」と「エーベルス・パピルス」の3つです。これらは紀元前1900年から1600年ごろに書かれたとされていますが、その内容は古王朝時代にまでさかのぼる可能性があります。 ①カフーン・パピルス イギリスのエジプト学者であるフリンダーズ・ピートリが都市遺跡カフーンで発見したもっとも古い文献で産科や婦人科の病状、治療法を簡潔に述べたものです。論理的な記述から筆者の医学水準は非常に高いと評価されています。 ②エドウィン・スミス・パピルス アメリカの貿易商であるエドウィン・スミスが発見し、購入しました。現在、ニューヨークの医学アカデミーが所蔵しています。このパピルスは主に外科的処置に焦点を当てており、頭部から脊柱までの48の症例について詳細に記述しています。特筆すべきは、1)外傷の止血法や縫合技術、2)骨折の固定法、3)開頭手術の手順、4)頭蓋骨縫合に関する知識であり、古代エジプトの医師たちが高度な解剖学的知識をもっていたことがうかがえます。 ③エーベルス・パピルス ドイツのエジプト学者であるゲオルグ・エーベルスが購入し、ライプツィヒ大学図書館(ドイツ)に収蔵されています。こちらはより広範囲の医学知識を網羅しており、以下のような内容が含まれています。 ・血液循環や主要臓器の機能 ・眼科、皮膚科、産婦人科、歯科などの専門分野 ・糖尿病やがんなどの疾患管理 ・口腔疾患の治療法(没薬、クミン、ナツメヤシなどの使用) 一方で、宗教的な要素や呪術的な処置も含まれており、当時の医療が科学と信仰の境界線上にあったことを示しています。古代エジプト医学は、その後のギリシア医学やローマ医学に多大な影響を与え、発展していきます(第2回で解説)。古代エジプトの伝説の人「イムホテプ」
イムホテプは、エジプト第3王朝のファラオのジェセルに仕えた宰相で、第3王朝最後のフニの時代まで活躍したといわれています。政治手腕はもとより、彼はジェセルのピラミッドの設計した建築家として知られています。また内科医としてもすぐれており、古代エジプト医学の創始者ならびに医学パピルスとして著者・編者に貢献したと考えられています。死後は「知恵、医術と魔法の神」と崇められ、ギリシア神話の医術の神アスクレピオスと同一視されています。 次回(第2回)は、古代ギリシアの医師・ヒポクラテスについて解説します。
著者白砂 兼光
九州大学名誉教授
略歴
- 1970年 大阪歯科大学卒業。大阪大学歯学部第1口腔外科に入局。
- 1981年 大阪大学歯学部附属病院講師
- 1082年 西ドイツビュルツブルグ大学助手
- 1987年 大阪大学歯学部第1口腔外科助教授
- 1995年 九州大学第2口腔外科教授
- 2000年 九州大学大学院教授
- 2009年~2011年 広島大学大学院特任教授(医歯薬研究科)
- 2009年 九州大学名誉教授
- 日本口腔科学会名誉会員 元副理事長
- 日本口腔外科学会名誉会員 元副理事長
- 日本頭頸部癌学会 元理事
- 口腔顔面神経機能学会 元理事長
主な著作 『口腔外科学』(医歯薬出版株式会社)
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