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The craic is mighty:アイルランド人の知恵

The craic is mighty:アイルランド人の知恵
The craic is mighty:アイルランド人の知恵
先月はLagom är bäst”「Lagomeがベスト」というスウェーデンの言い習わしについてお話しましたが、今月は、"The craic is mighty"「クラックは強い」というアイルランドの言い習わしをお話しましょう。"Craic"(クラック)というのは、「楽しさ」、「面白さ」、「おかしさ」という意味で、特に、パブで仲間が集まってジョークを言い合ったり、音楽やダンスを楽しんだりすることを表現します。"Craic"を翻訳するのに、英語でも日本語でも相当する言葉が見つかりません。

アイリッシュ・パブは世界中、至るところにあります。日本の地方都市にも、北極圏にも、モスクワ空港内にも見ました。しかし、"Craic"を味わうには、本場、アイルランドのパブが一番でしょう。アイルランド人は「世界で一番フレンドリーな国民」と言われるほど、見知らぬ人にも垣根がなく、一人でふらりとパブに入っても孤独を感じることはありません。


<モスクワ空港内のアイリッシュ・パブ>

そして、飲酒量は日本人の比にならないほどたくさん飲みますが、13年間のアイルランド生活で、横暴な振る舞いやハラスメントで嫌な気持ちにさせられたことは一度もありませんでした。みんなの心は一つ、"Craic"を得ることなのです。パブで良い雰囲気が熟成されると、どこからともなくアカペラで歌が始まります。おしゃべりが止まり、静寂の中、歌の上手い人が次々とリレーで歌を繋げます。


<アイルランドのパブで、飲酒量の凄さ>

楽器によるライブ演奏がある時には、盛り上がってくると自然とダンスが始まることもあります。アイルランド人は、小さい頃からアイリッシュ・ダンスを習っているので、みんなステップを知っています。男女4人組になって踊るセットダンスでは複雑なフォーメーションをテンポ良く作ります。日本の盆踊りとの対称性を思うと、さすが、ユーラシア大陸を挟んで、東西の両端にある二国だと実感します。


<アイルランドのパブで、子どもがライブ演奏>

パブだけでなく、普段の生活でも"Craic"が会話の随所にあって、笑いが絶えません。ちょうど「笑わせてなんぼ」という大阪人ぽい感じで、面白く、雄弁であることはアイルランド人の美徳のようです。アイルランドに住んでいる時、私は夢の中の自分の笑い声で目が覚めたことがありました。それまで、悪夢にうなされて起きることはあっても、可笑しすぎて起きるなんて、生まれて初めてでした。それくらい、楽しい気持ちが脳に刻まれているような感じです。

アイルランドはお隣のイギリスに800年間も植民地にされた辛い歴史を乗り越えてきました。その間、アイルランド語を使うことを禁止され、飢饉の時にもイギリスに貢ぐ作物を作り、餓死や移民で人口は半減しました。家族や恋人との別れを歌う移民ソングはパブで最もよく聞かれる歌です。アイリッシュ・ダンスが下半身だけを動かすのも、イギリスにダンスを禁止されたので、外から見えないように足だけを動かしたのが起源とのこと。

私は、"Craic"も、この過酷な歴史の中で生き残ることができた人たちが編み出した知恵のような気がしています。何が一番「強い」のか、力敵わずに800年も支配されてしまった環境であっても、それはみんなが楽しい時を過ごすことだと見出し、他の国を支配しようとはしなかったアイルランド。そして、とうとう独立を果たして、今や、世界中にアイリッシュ・パブが受け入れられているほどアイルランドの文化が席巻しているのですから、やはり、"The craic is mighty"です。

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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