タイトルの ”Lagom är bäst” は、スウェーデンの言い習わしです。発音は、無理やりカタカナにすると「ラーゴメベスト」です。「Lagomeがベスト」という意味です。では、"Lagom"(ラーゴム)は何かというと、「ほどほど」という意味です。日本語でも「過ぎたるは及ばざるが如し」とか「中庸」という言葉で表現されるような、慎ましさの美徳です。F 仲の良い14歳のスウェーデン人に、「宝くじについてどう思う?」と聞いたことがあります。彼女は「一人の人があんなにたくさんの大金を得るのはいけないと思う。その大金を多くの人に分配すべきだと思う。」と言いました。これも"Lagom"の精神なのでしょう。日本の14歳は同じ質問にどう答えるでしょうか。 そして、この答えはあながち間違っていない気がします。実は、高額の宝くじに当たって人生が破滅した例は少なくありません。いきなり生活レベルを上げて、コントロールできなくなり、結局自己破産するという話は世界中にあります。一挙に巨額の大金を手にすることでその人が不幸になるのなら、「ほどほど」をもっと多くの人で分けた方が、その大金の使い道としてずっと賢明でしょう。 一人勝ちを嫌う"Lagom"の他の例では、給料の分配について医局会での報告を思い出します。歯学部内で給料の総額が決まっていて、それを講座間で分配する交渉の結果発表です。その年は、私が所属していたカリオロジー講座の分配率が上がる番でした。担当者が報告している時に、「講座間の交渉の場で、カリオロジー講座が取り過ぎないように配慮した」という興味深いコメントを聞きました。 急に取り過ぎると次の年に分配率が急に下がるからとのこと。このチャンスとばかり取れるだけ取るという交渉はしないようです。先のことまで考慮すると、全体としてそれが一番良いのでしょう。毎年毎年、みんなが「ほどほど」を守ってうまく回っているのだから、講座の人たちもそれで納得するのだろうと思いました。 スウェーデンが、第一次・第二次世界大戦に中立政策を取って戦火を逃れ、その後、豊かな社会福祉国家を実現したのは、"Lagom"のおかげのような気がしてなりません。「バランス」を重んじたり、「身の丈」をわきまえる知恵が、国民の総意を作っているような。古い建造物が街中に残っているのを見ると、「一億玉砕」という極限のスローガンのもと、全土が焼け野原になってしまった日本とは対照的です。その後も、日本では、急激な高度成長、公害、過労死、バブル、デフレ、超高齢化、、、と、スウェーデンの揺れ幅を超えた社会現象の連続。 <スウェーデン・マルメ市の街並み> <マルメの市庁舎> 予防歯科についても、日本人の歯科医師が「私は患者さん全員に1ヶ月に1回メインテナンスに通ってきてもらっています」と胸を張って言われているのを聞いたり、ブラッシング指導によって全顎的に隣接面に歯間ブラシの直径の穴が空いている患者さんを日本の歯科診療所で見たことがあります(月刊誌「ザ・クインテッセンス」2021年5月号108~109ページを参照)。メインテナンスやブラッシングが良いことは当然ですが、度を超えて、果てはカリエス以上に歯質を失うまでやってしまうというのは、本末転倒です。スウェーデンなら、その前に"Lagom"でストップがかかるでしょう。 西暦800年から1,000年頃に最高潮に達したヴァイキング時代の精神と文化を表した「ハヴァマール」という歌謡集にも 「誰でもほどほどに 賢いのがよい 賢すぎてはいけない 最上の人生は ほどほどに 賢い人のものだ」 (「ヴァイキングの知恵」谷口幸男訳 Gudrun(レイキャビク)1994年) という詩があります。 こういう精神を千年以上大切にして、生活の知恵にしてきたヴァイキングの末裔たちに、学ぶことしきりです。
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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