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10年先を見据えた未来の歯科のあり方 第6回(最終回):ヒトの発生

10年先を見据えた未来の歯科のあり方  第6回(最終回):ヒトの発生
10年先を見据えた未来の歯科のあり方 第6回(最終回):ヒトの発生
ヒトの発生は、受精卵からはじまり、内胚葉・中胚葉・外杯葉の形成後、中心部が陥凹し原腸杯というステージがごく初期に認められます(図上段)。この陥凹が口から肛門までの消化管の原器です。この原腸杯は、脳をはじめとするさまざまな臓器に先んじて形成を認めることから、消化管こそが生命の源であることを示しています。

最近、腸-脳相関が話題となり、また免疫細胞の7割が腸管にあることなど腸管への注目が集まっていますが、発生過程を見ればまったく驚くことではないし、不思議なことでもないことがわかります。もちろん、著者が発見した腸‐唾液腺相関も、当然あるだろう現象だったのです(第4回参照)。

また、この管腔が外部とつながっているのは、外部からエネルギーを獲得するためであり、外部から環境抗原の侵入を想定した器官といえます。この点は、血液が流れる管である血管とは大きく異なります。すなわち、消化管の管腔は、外からの刺激を巧みにコントロールできるように内部環境を形成し進化させてきました。口からは食物、細菌などさまざまな非自己が侵入してきますが、その刺激が生体に好都合であれば受け入れ、不都合であれば環境を改善したり体内への侵入を遮断したりしているのです。この非自己である環境抗原を内部環境により差配しているのが、口腔では唾液となります。唾液は単なる水ではなく、高度に進化してきた生体に必須な機能水であり、内部環境の実態なのです(図下段)。

歯科医療の役割は、う蝕や歯周病の治療を主としますが、病因論から考えこれらの疾患は予防が効果的にできる病変ですし、予防が治療とともに大きな歯科医療の役割として存在します(第3回参照)。その予防を考える時も、歯科医師の宿命か?歯を中心に見てしまう!歯磨き、フッ化物の応用などが中心となる予防なのですが、口腔という臓器のそもそもの成り立ちに立ち返り、内部環境の存在に目を向けると、新たに広がりが見えてこないでしょうか(第5回参照)。

日本は、江戸時代には歯磨き粉が流行り、歯ブラシには楊枝だけでなく舌苔除去の機能まで備えているものを利用しているなど、口腔の衛生には気を遣う文化がありました。神社の入口で口を濯ぐ風習も元をただせば2500年前に遡り、感染予防を目的としていたといわれます。しかし、残念ながら口の衛生という基本的なことを貴ぶということが、今の日本で一般的かといえば疑問が残ります。過去に存在した文化が見えてきません。

この文化を見えなくしたのは何でしょうか。「また、痛くなったおいでね」「詰め物取れたら来てね」「入れ歯あわなくなったら来てね」、これらの言葉にありはしないでしょうか。一方で、口の重要性の発信は歯科だけでなく医科からもされていますし(第1回参照)、ドラッグストアに行けば口腔清掃関係のコーナーは非常に大きいです。国民の口への関心の芽はたくさんあるように思いますが、歯科への期待感にはつながっていません。その証拠に、歯学部の不人気は、きわめて深刻です。

私は、国民とともに「口の健康」が大切だという文化をつくりたいと思っています。そして、その文化の中心に国民から期待される歯科医療を据えたいです。その実現には、内部環境を考慮した予防医療しかないと考えています。内部環境の主役である唾液をもう「ツバ」とはよばせないと、これからも声を大にして叫んでいくつもりです。そして10年後、新たな歯科医療は、口腔‐全身先制医療と名称が変わるほどのイノベーションが起きていることを夢見ています(了)。

著者槻木 恵一

神奈川歯科大学歯学部病理
組織形態学講座環境病理学分野教授

1993年 神奈川歯科大学卒業 2007年~ 神奈川歯科大学病理学教授 2013年~ 神奈川歯科大学大学院歯学研究科長(~2023年3 月) 2014年~ 神奈川歯科大学副学長 2023年4 月~ 神奈川歯科大学図書館長 2022年 特定非営利活動法人日本唾液ケア研究会を創設、理事長就任 プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の摂取による唾液中IgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを示し、「腸‐唾液腺相関」を発見。唾液の機能性研究を進めている。
槻木 恵一

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