「コラッ!いい加減言うことを聞きなさいっ!!」診療室から斉木薫院長の大きな声が聞こえてきます。そうかと思えば、今度は楽しそうな笑い声が…。斉木歯科医院のことを誰もが「最後の砦」と呼びます。どんな障がいを持つ患者さんでも受け入れて、通常の歯科診療を実施する斉木先生の患者対応術に迫ります。頭の中だけで理解しようとしてはいけない
ー 斉木先生は他院で断られた患者さんであっても受け入れ、障がいの種類や等級を問わず、通常の歯科診療を行っています。今回はそんな斉木先生の患者対応術について伺いたいと思っています 障がいを持つ患者さんへの対応について、今までいろんな人から質問を受けてきたけど、こればっかりは患者さんによって変わるから、答えは1つだけではないし、言葉で説明できるならとっくにそうしてるよ(笑)。患者さんの二人きりの状態、関係性の中でこういうふうにできるからといって、誰もが同じになるとは限らない。それは腕が良いとか悪いとかの問題じゃなくて、対峙する二人の関係性の問題。関係性が少しでも違えば、ニュアンスが変わってくるので…。 例えば、今日だって、あなたたちが取材に来たことで患者さんの反応がいつもとは違った。それはひょっとすると、自分でも気づかないうちに私自身がよそ行きの態度を取っていたからかもしれない。患者さんたちはそういう微妙な変化を敏感に感じ取るんです。この患者さんの現在の状況や態度を私がどう感じて、どう刺激を与えるか。それを一つひとつ言葉で説明するなんて、とてもじゃないけどできないよ。 ー 私たちがいることで患者さんの態度が変わるんですか? もしかしたら、あなたたちが助けてくれるんじゃないかと期待していたのかもしれません。見ず知らずの人がいると、その人に向かって何かしらのアピールをする傾向は多くの障がい者にあります。だから、今日は普段よりも診療が難しかったよ(笑)。 治療の際はアシスタントは付けず2ハンドで治療を行う。 ー それは失礼しました。斉木先生が普段、患者さんと接する際に心がけていることは何でしょうか? 頭の中だけで理解をするのではなくて、見て、聞いて、肌で感じて、言葉や表情のニュアンスを捉えて、彼らの反応を読み取ることかな。反発の仕方も患者さんによって違って、泣きわめく子もいれば、おしっこする子もいる。そうした一人ひとりの個性を考慮しながら、アプローチの仕方を判断するようにしていることかな。障がい者からしてみれば、「大きなお世話」だからこそ
ー 障がいを持つ患者さんにアプローチをする際の注意点はどんなところでしょうか? 初診の患者さんの場合は、「コミュニケーションとしてこのくらい押したら、どのくらい反応するかな」という感覚を掴むための確認をします。敏感な子はあまり無理強いすると怯えてしまうし、逆に強要した方が素直になる子もいる。何もせずにずっと待つこともあるよ。パターンはみんな違うけれど、初診の患者さんは特に不安で不安で仕方がないはずだから、まずは診療台に座れるようになるまで、アプローチを変えながら、繰り返し、繰り返し、時間をかけて訓練していくことが大切だね。 ー 訓練することで誰でも診療台に座れるようになるのでしょうか? 大丈夫。要するに大事なことは“慣れ”なので…。慣れてしまえば誰でも座れるようになる。大変な患者さんになると20回目の受診でようやく座れるようになるなんてケースもあるけれど、とにかく「訓練」と「慣れ」だと感じる。 それからもっとも重要なのが親御さんの理解。というのも、時には取っ組み合いをすることがあって、その一場面だけを切り取られてしまうと困るんだよ。こちらとしては30年間の紆余曲折を経た上でのアプローチであって、そこに至った経緯や私と患者さんとの関係性、そういった諸々の上での取っ組み合いだから。結局、患者さんを連れて来るのは親御さんだから、そこは理解してもらいたいね。 患者さんが理解、納得するまで 時間をかけて何度でも説明する。 ー でも、他の歯科医院で受診を断られてきた親御さんたちにとって、斉木歯科医院は「最後の砦」と呼ばれて、信頼されています。訓練や慣れを成功させるポイントは何でしょう? 常に“俺とお前”の真剣勝負。そこはもう言葉じゃなくて、一対一のタイマンだよ。目線を合わせて、「お前もバカだけど、俺もバカだ。なんで治療を受けないんだ。今、口の中をきれいにしなきゃ、後で大変になるぞ!」と。どれだけその子にエネルギーを注ぎ込めるのかという感じでやるから、結構疲れます(笑)。 でも、障がい者歯科を始めた当初に比べると、私自身も経験を積んで、導入までの時間は短くなりました。今では重度の患者さんであっても1回か2回の来院で座れるようになる子がほとんど。むしろ難しい患者さんが来ると嬉しい(笑)。「面白いじゃん。この子はどうやったら座ってくれるだろう。どうやったら口を開けてくれるだろう」って…。結局、障がい者からしてみれば、歯医者なんて誰も来たくないし、口の中をきれいにするなんて大きなお世話。そんな彼らに対してきちんと治療を行えるかどうかは、100%こちら側の問題だと思ってやっているよ。「トラウマ」というブラックボックス
ー 強く接することでトラウマになる患者さんはいないのでしょうか? 今の世の中、「圧をかけるとトラウマになる」なんて簡単に言うし、障がい者に関する本にもそんなふうに書かれているけれど、実体験から言えば、そんなことはなくて、むしろ、「トラウマになる」とあまり流布してしまうと、よくないこともあるんじゃないかな。 リスク回避という面もあるだろうけど、誰も文句を言われたくないから、患者さんとの向き合い方に関するすぐに答えが出ないような難しいニュアンスの話はすべてブラックボックスに入れて、「トラウマになる」という言葉で片付けてしまう。そうすれば確かに楽かもしれないけれど、どんどん先送りになってしまうだけ。「成長したら治療ができるようになります」なんて言われて、本当に先送りにしているうちに歯がボロボロになってしまうケースはこれまでたくさん見てきた。口の中は毎日のことだから、「歯科診療は待ったなし」なんです。これは良いとか悪い、好きとか嫌いの問題ではなく、「君にもいろいろあるだろうけど、口の中にはたくさん雑菌がいるんだから、歯を磨け、治療をしろ」と私は徹底的に教え込むよ。でも、そこで「トラウマになる」なんて言われてしまうと、誰も微妙なニュアンスの部分を引き受けてまで必死にやらなくなる。だから、よっぽどのお節介なんだよ、私がやっていることは(笑)。 ー トラウマやフラッシュバックを気にされる親御さんもいらっしゃるのでは? 多いと思うよ。だから、最初のうちは「今までうちの子にそんなことをしたことがない」って驚く人はいるね。でも、実際にはさっき言った通りで、結局、本気でぶつかって、この子がどういう反応をするのかを感じながらやっていくしかないんだから、正直面倒くさい。こうすれば、必ずこうなるなんて、すぐに答えは出せないよ。 ー 診療が特に難しい患者さんのタイプを教えてください 自分で自分のことを「障がいだから」と思って前に進もうとしない子は、何でもまわりにやってもらうことに慣れきっていると感じるね。そうやって数十年過ごしてきた患者さんは強く押されると反発するタイプが多い。でも、アプローチを何度も変えながら、訓練を続けていけば、そういう患者さんでもある程度のところで、「騒いでもしょうがないか」と治療を受けてくれるようになるもんだよ。 注意しなくちゃいけないのは、「どちらがコントロールしているのか」ということ。例えば、養護施設なんかで特定のスタッフの言うことだけを聞く子がときどきいて、一見、そのスタッフがその子をコントロールしているように見えるんだけど、実際はそのスタッフがその子の言うことを何でも聞き入れていて、なんでもやってくれるから、そのスタッフの言うことをときどき聞いているだけ、なんていうことがあるよ。その子からしてみたら、その子がスタッフをコントロールしていて、こういう場合、スタッフが“しもべ”のようになってしまう。そういう関係性になってしまうと、歯科診療はなかなか進められなくなってしまう。 ー 日々、障がいを持つ患者さんと接していて感じる思いのようなものはありますか? 私は障がいを障がいだなんて全然思わない。「かわいそうだね」「大変だね」なんてことも絶対に思わない。「そんなもの、君にとってのスタート地点だろ?」、後天性の場合は別だけど、生まれてからずっと障がいがあるんだから、それを受け入れて、ウジウジしていないで、「そこから動いて、なんとかして前に進もうよ」って思う。「パラリンピックを見てよ。前を向いていれば、みんなが応援してくれるじゃないか。引っ込んでいたら、誰も応援なんてしてくれないよ。他人に頼ってもしょうがないんだから。なるべく自分で前に進めるようにさ。せっかく生きているんだから。それでやって駄目だったら、それでいいじゃないか」という発想ですね。そう思いながら、患者さんとは接しているね。 待合室に飾られているサッカーの絵は障がいをもつ患者さんからいただいたもの。 <次回に続く> 【関連 動画コンテンツリンク】 目の前の患者さんにどれだけエネルギーを注ぎ込めるのか。「俺とお前の真剣勝負」~斉木薫先生の患者対応術を深掘りする~第1回 目の前の患者さんにどれだけエネルギーを注ぎ込めるのか。「俺とお前の真剣勝負」~斉木薫先生の患者対応術を深掘りする~第2回
TOP>コラム>目の前の患者さんにどれだけエネルギーを注ぎ込めるのか。「俺とお前の真剣勝負」〜斉木薫先生の患者対応術を深掘りする〜第1回
著者斉木 薫
山梨県甲府市 斉木歯科医院 院長
略歴
- 1976年3月 神奈川県歯科大学 卒業
- 1981年4月 斉木歯科医院 開院
- 現在に至る