第1回目はどんな障がいを持つ患者さんでも受け入れて、通常の歯科診療を実施する斉木院長の患者対応術について伺いました。今回は、斉木先生が障がい者歯科に取り組むようになったきっかけや、障がい者を取り巻く環境、さらに障がい者歯科に取り組むための心構えなどについて伺っていきます。「この子たちはできない」という発想がない
ー 斉木先生はどういう経緯で障がい者歯科を始めたのでしょうか? 開業して10年目くらいに「新しいことにチャレンジしたい」という思いがずっと頭にあって、その時にちょうど歯科医師会で障がい者歯科の研修の告知を見つけたの。最初は東京に遊びに行く感覚でその研修に申し込んだけど、それがとても面白かった。またこれも「面白い」という言葉だけを切り取られちゃうと誤解を招くんだけど、「この子たちは何を考えてるんだろう」「どうしてこういう行動をとるんだろう」と興味が湧いてきた。それで研修を続けるうちに、「障がい」と一言で括っているけれど、みんな個性があって違いがあることに気がついた。さらに研修を続けていると、「この先生には従順なのに、あの先生だと大暴れしたり、人によって態度を変えるんだ」ということにも気がついた。彼らは相手をよく見ているし、相手によって反応を変えるだよ。だから、「この子たち、面白いな」って…。面白いから研修期間中はずっと集中して受講したし、夢中になって彼らと向き合ってきた。それからあっと言う間に30年も経ってしまった(苦笑)。 ー その研修では具体的にどんなことを学んだのでしょう? 訓練を重ねることで障がい者であっても一般診療を受けられるようにしようというのがメインテーマ。一人の患者さんを担当して、その患者さんに合わせたメニューが与えられて、少しずつステップを踏んで、「今日はここまでできたから、次はここまでやってみる」、そういうシステムみたいなものを教わったね。接し方でいえば、褒めるのと押すのとを合わせながら、だんだん診療に慣れさせていくというイメージ。この研修で僕らの担当チーフだった先生がとても熱心な方で、ご自身のお子さんにも障がいがあったこともあって、歯科のことだけではなく障がい者に関する社会的なことについても熱心に取り組んでいたね。その先生が相手だと患者さんも素直に診療を受け入れていて、「この子たちは人をよく見ているんだなあ」とその時強く感じたな。 ー その研修で障がい者歯科のコツを掴んだということでしょうか? いや、最初は私の勝手な思い込み。研修を半年間受けただけだから…。だけど、「この子たちだってやればできるんだ」というのを感覚的に感じて、勝手に思い込んだ。 人間って、教える側に少しでも迷いがあると相手には伝わらないから、最初の頃は本当にムキになってやった。「私はこんなに思っているのに、なんで分かんないんだよ!」と。今から思えば“若気の至り”なんだけど、無理やりゴリ押しするとかえって患者さんからの反発が強くなる。だけど、感じるものもあるわけ。「ここまでは強くやらなくてもいいかな」とか、だんだん彼らから教えられていく。それでお母さんたちに家に帰ってからの様子を聞くと、「普段通りでした」「少し興奮して暴れました」とかいろいろとフィードバックがもらえた。そんなことを繰り返しながら感覚を掴んでいった。ただ、私自身は研修に参加していた時から「この子たちはできない」とは一度も思わなかった。繰り返し訓練をすれば、必ずできるようになると思ったし、そういう発想しか頭に浮かばなかったな。疲れ切った親御さんの方が心配
ー 障がい者歯科を行う意義をどんなふうに考えていますか? そんな大それたことは考えたことがなくて、「どうしたら治療ができるんだろう」ということしか見ていないよ。ただ、歯科医師として思うことは一つ。「予防やクリーニングでう蝕にならないようにするにはこうやるしかない」っていうことを患者さんに訴える、ただそれだけだね。 ー 斉木歯科医院には遠くからも患者さんが来るそうですね 最近は特にそういう患者さんが増えているけど、ご両親が大変ですよね、本当に。意外と患者さん本人は折り合いをつけて生きているんだけど、親御さんの中には寄り添い過ぎて、自分がなくなっちゃって、疲れ切っている人も多い。親御さんのケアのほうがはるかに大事だなと思うことがよくあるね。 いつも一対一の真剣勝負。「それが面白くて夢中でやっていたらいつの間にか30年経っていた」と斉木先生。 ー 受診されている患者さんはどんな年齢層なのでしょう? 小児から上は40代まで。ある程度の年齢になると、親御さんも高齢になるし、疲弊しちゃうから、施設に入ってしまう患者さんが多い印象かな。でも、施設に入れるのはいいほうで、20年待っても施設に空きがなくて入れないケースも多い。だから、親御さんたちがもう70歳を過ぎて、「自分が生きているうちに施設に入れられるだろうか」って、そんな話をいつもしているね。「信頼関係」なんてものじゃない
ー 障がい者歯科に取り組んでみたいという先生は、まず何から始めればいいのでしょうか? 「面白い」と思えるならやればいい。そうじゃないなら、やらない方がいいかもしれない。ポーズでやっているとすぐに見抜かれる。今日だって、私が取材を受けて、「ちょっと格好つけてるな」と感じただけで、いつもと態度をコロッと変えるくらいでしょ。だから、面白いと思えるなら、とにかくやる。まずは地域の障がい者センターみたいな所に行って、実際にやってみて、「自分に合っているか」を確かめてみるのもいいかもしれない。始めは面白くなくても、やっているうちに面白くなることもあるだろうけど、嫌だと思いながら続けるなら、それは患者さんにとっても自分自身にとっても不幸だから。義務感でやるというのもちょっと違う。仕事なんて楽しくなきゃ続かないから…。「面白い」と思えたら、人は何時間だって夢中になってやれる。私は夢中でやっていたら30年が経っていて、こうやって取材なんかが来て、私のほうがびっくりしているくらいだよ。 ー 長男の林太郎先生が一緒に診療してくれるのは何より頼もしいですね はじめは私の姿を見て「歯科医師には絶対なりたくない」とデザイン関係の仕事をしていたんだけど、何を思ったか35歳を過ぎてから歯科大学に入って、今では毎日一緒に診療しているよ。「一般歯科にはない達成感があり面白い」と木曜日の障がい者歯科治療も手伝ってくれて嬉しい限りだね。 長男林太郎先生は35歳をすぎてから歯科を学び、現在は斉木院長のよき理解者として、ともに診療に携わっている。 待合室で親御さんと今後の治療方針などについてお話する林太郎先生。 ー たしかにお二人とも「面白い」と思えるからこそ、患者さんと真剣に向き合えるような気がします。患者さんとは信頼関係がやはりいちばん大切なのでしょうか? 私の場合はそんなのじゃないよ。私が何言ったって、相手は「こいつに言われたって、どうってことないよ」みたいにおそらく思っているでしょう。「こいつ、面倒くさい奴だし、暴れても仕方ないか」と思われて、治療を受け入れている。そして、障がい者歯科の意義なんて考えたこともないし、面白いから夢中でやっているだけ。“俺とお前”の真剣勝負をやっている。それだけのことだよ。 斉木歯科医院の外観。木曜日になると障がいをもつ患者さんが遠方から来院される。 木曜日は本来休診日なので、長女あいさんが受付業務を切り盛りする。 <了> 【関連 動画コンテンツリンク】 目の前の患者さんにどれだけエネルギーを注ぎ込めるのか。「俺とお前の真剣勝負」~斉木薫先生の患者対応術を深掘りする~第1回 目の前の患者さんにどれだけエネルギーを注ぎ込めるのか。「俺とお前の真剣勝負」~斉木薫先生の患者対応術を深掘りする~第2回
TOP>コラム>目の前の患者さんにどれだけエネルギーを注ぎ込めるのか。「俺とお前の真剣勝負」 〜斉木薫先生の患者対応術を深掘りする〜第2回
著者斉木 薫
山梨県甲府市 斉木歯科医院 院長
略歴
- 1976年3月 神奈川県歯科大学 卒業
- 1981年4月 斉木歯科医院 開院
- 現在に至る