う蝕の多い子どもに食事指導をしたら、「先生、実はうちの子、去年から1型糖尿病になってしまって……」と打ち明けられました。糖尿病とう蝕、一体どういうことでしょうか? 1型糖尿病とは、インスリンを作る膵臓の細胞が壊され、自分でインスリンを作ることができなくなる病気です。生活習慣や先天性のものではなく、自己免疫がかかわっているといわれています1。1型糖尿病は小児期を中心にどんな年代にも発症し、日本の子どもの年間発症率は10万人に2人程度です。発症すると膵臓や膵島の移植を受けるか、毎日数回のインスリン自己注射または腹部に挿したインスリンポンプによるインスリンの注入を一生涯続けていくこととなります。1型糖尿病の発症機序や治療に関する研究が進められているところですが、現在の医学ではまだ「治らない」病気と言われています。 成長期の1型糖尿病の小児では、体重やホルモンの変化、食事や活動量などの状況によって、血糖値の変化が生じるため、注射するインスリン量の調整が必要です。インスリンが効き過ぎて低血糖に陥ると、重症な場合には意識障害やけいれんを引き起こすため、つねに血糖値のモニタリングをしながら過ごします。 もし、低血糖の傾向を認めた場合には、「補食」として糖分を摂取することでバランスを保ちます。補食としてはゼリーやキャンディ、ブドウ糖のタブレットなどを持ち歩いており、学校で体育の授業中であったり夜間であったりしても、必要な時には摂取しなければなりません。 このように、1型糖尿病の子どもはとてもう蝕になりやすい生活習慣を強いられている状況です。本来は小児のう蝕予防にはシュガーコントロールがとても有効なのですが、低血糖の補食のためには、う蝕の原因にならない代用糖では意味がありません。 広島大学病院小児歯科には、定期的に長く通院されている1型糖尿病患児さんがいらっしゃいます。う蝕リスクをゼロにはできないものの、補食の後にはできるだけうがいをしたり、可能なタイミングではブラッシングをしたりするようにお伝えしています。 しかし、適切なフッ化物の応用や毎日のデンタルフロスの使用など、かなり気をつけてもらっていても、う蝕を完全に防ぐのはなかなか難しいのが現実です。私たちは状況に応じて短めの間隔で定期健診を行い、隣接面う蝕の精査のためにデンタルエックス線写真をこまめに撮影するなど、重症う蝕に進行させないための工夫に取り組んでいます。1型糖尿病の子どもは、インスリンの自己注射など、日々たいへんな治療と向き合っているので、歯科受診やオーラルケアの指導が患児本人にもご家族にとって大きな負担とならないように、心理的な面での配慮やサポートにも心がけています。 1型糖尿病の子どもたちが、インスリン自己注射や血糖自己測定など自己管理に必要な糖尿病の知識・技術を身につけ、同様の境遇におかれた仲間をつくる機会として、日本糖尿病協会の主催で「小児糖尿病サマーキャンプ」が毎年実施されています。広島大学病院小児歯科もこの企画に協力し、歯垢の沈着やう蝕リスクの評価、ブラッシング指導や歯科保健指導などを実施しています(写真1、2)。糖尿病で血糖値のコントロールが悪い状態が続くことで歯周病のリスクが高まりますが、このことは1型糖尿病でも同様なので、歯肉の状態や歯周ポケットの検査も行います。 歯周病検査を含めた歯科健康診断の実施。 糖尿病とう蝕や歯周病の関係について指導。 1型糖尿病の子どもにおいて、う蝕予防や歯周病予防に特別な処置が必要というわけではありません。やはり、歯科医院での定期的な経過観察とプロフェッショナルケア、自宅でのセルフケアを続けていくことが有用です。小児1型糖尿病ということがわかったときには、歯科への定期的な受診でサポートできることをお伝えし、ていねいな小児の定期健診を心がけていただけたらと思います。 参考文献 1.認定特定非営利活動法人日本IDDMネットワーク.日本IDDMネットワーク 1型糖尿病・IDDM .https://japan-iddm.net/(2023年11月27日アクセス) 2.日本糖尿病学会.糖尿病診療ガイドライン2019.東京:南江堂,2019.
著者岩本 優子 / 野村 良太
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子 / 広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
- 2009年、広島大学歯学部歯学科卒業。
- 2014年、同大学博士(歯学)
- 2016年より現職。
- 日本小児歯科学会専門医。日本障害者歯科学会認定医。
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
- 2002年、大阪大学歯学部卒業。
- 2006年、同大学博士(歯学)。
- 2011年、同大学歯学部附属病院(小児歯科)講師。
- 2015年、同大学大学院歯学研究科口腔分子感染制御学講座(小児歯科学教室)准教授。
- 2022年2月より現職。
- 日本小児歯科学会専門医指導医。