前回は、カンボジアの子どもたちの口腔内について、歴史的背景を交えながらご紹介いたしました。今回は、われわれが試行錯誤しながら続けてきた活動の一端を記します(これらはあくまでもわれわれの活動においての経験であり、カンボジアのすべての状況を調査・反映したものではないことをご了承ください)。 子どもたちの現状を知って、なんとかしたいと意気込みつつも、最初は本当に手探りでした。まずは、医療チームが内科健診などを実施していた小学校を訪れ、歯科健診やできる範囲の治療を始めました。日本から歯科医師、歯科衛生士、歯学部の学生などで渡航しましたが、現場でのノウハウがあるわけではありません。カンボジアの小学校には電気も水道も通っておらず、日中の気温は40℃近くになろうかという状況でしたが、口腔内をみるためには太陽の光を求めて屋外に机や椅子を引っ張り出して即席の診療エリアを作ることになりました。現地語であるクメール語を話す通訳さんの協力でなんとか児童を誘導し、歯科健診を始めたのですが、生まれてから身体測定すら経験のない彼らにとっては、おそらく私たちは恐怖の対象だったことでしょう。それから数年間通って笑顔で迎えてくれるようになった事実は、Face to Faceの大切さを実感するものであり、その後の活動の展開を考えるうえでの大きな礎となっています。 活動を始めるにあたって、いくつかの小学校で口腔内の状態を調査したところ、学校によって多少の違いはあるものの、う蝕有病者率は約90%もあり、高いところでは100%近いことがわかりました1,2)。特に、田舎の小学校よりも、現金収入が得やすい中心部に位置する小学校の方が、う蝕が多いことが印象的でした。また、小学校の売店ではさまざまなお菓子や清涼飲料水が売られ、休み時間ごとに児童がお小遣いを手に集まる光景にも驚かされました(図1)。 図1 小学校の売店では色とりどりなお菓子が販売されている。 経済格差の大きい状況下で、嗜好品にお金が費やせるようになったことは、彼らにとっての大きな喜びです。前回ご紹介したように、現地の歯科医療従事者は極端に少ないために、カンボジア人にはう蝕や歯周病の病態や口腔の機能に関する知識がほとんどなく、そもそも歯を大切にしたいという意識があまり一般的ではありません。活動当初は、う蝕治療や歯石の除去など現場のニーズに応えることを実施していましたが、もっと大切なのは予防の概念を普及させるために歯科保健教育にシフトしていくことなのだと強く感じるようになりました。 われわれは、児童本人や保護者などを対象にさまざまな切り口から指導を実施しましたが(図2)、もっとも力を入れてきたのが小学校教員に対する研修です。例えば、ある小学校は全校児童が6,000人のマンモス校であり、歯科健診どころか集団指導ですら、短い滞在期間中に終えるのは現実的ではありませんでした。 図2 校庭に児童を集めての歯科保健指導の様子。 そこで、休みを返上して集まってくださった約100名の現地の先生方に対して研修を実施し、われわれの帰国後にも児童に対して指導できる体制を整えていきました(図3)。指導内容は現地語でストーリ仕立ての紙芝居にまとめ、教室で読むだけで児童に伝わるようなくふうも重ねました(図4)。これらによって、ブラッシング指導だけではなく、小児のう蝕予防に大切なシュガーコントロールやステファンカーブの概念についてわかりやすく指導できるようにしました。また、学校内の売店で文具とお菓子の売り場を分けたり、間食の回数を意識してもらったりしたことで、口腔内診査の結果にも改善がみられるようになりました2、3)。 図3,4 小学校の先生を対象とした研修会の様子。 われわれは毎年の渡航を重ねるごとに文化的背景の理解を深め、児童や先生方の反応をみながら活動はブラッシュアップされていきました。そこには、一連の活動をともに支えてくれているカンボジア人スタッフの存在も欠かせませんでした。次回は、そんな現地スタッフとの関わりについてご紹介したいと思います。 参考文献 1. 岩本優子,角本法子,児玉紀子,大谷聡子,岩本明子,天野秀昭,香西克之.カンボジア農村部における小児の口腔内状況調査.小児歯科学雑誌2011;49 (4), 307. 2. Asao Y, Iwamoto Y, Chea C, Chher T, Mitsuhata C, Naito M, Kozai K. The effect of improving oral health literacy among teachers on the oral health condition of primary schoolchildren in Cambodia. Eur J Paediatr Dent. 2022 Dec;23(4):321-326. 3. Asao Y, Iwamoto Y, Mitsuhata C, Naito M, Kozai K. Three-year survey of oral hygiene conditions of Cambodian public primary school children. J Oral Sci. 2022 Jul 1;64(3):208-211.
著者岩本 優子 / 野村 良太
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子 / 広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
- 2009年、広島大学歯学部歯学科卒業。
- 2014年、同大学博士(歯学)
- 2016年より現職。
- 日本小児歯科学会専門医。日本障害者歯科学会認定医。
広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
- 2002年、大阪大学歯学部卒業。
- 2006年、同大学博士(歯学)。
- 2011年、同大学歯学部附属病院(小児歯科)講師。
- 2015年、同大学大学院歯学研究科口腔分子感染制御学講座(小児歯科学教室)准教授。
- 2022年2月より現職。
- 日本小児歯科学会専門医指導医。