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カンボジアの子どもたちの歯をまもる 第1回:カンボジアの歯科事情

カンボジアの子どもたちの歯をまもる 第1回:カンボジアの歯科事情
カンボジアの子どもたちの歯をまもる 第1回:カンボジアの歯科事情
「カンボジアの子どもたちのむし歯がとてもひどい―――」。そんなお声がけをいただいて2009年より始めたカンボジア歯科医療支援活動。コロナ禍を経て、十数年続けてまいりました。東南アジアの1国であり世界遺産のアンコール・ワット(図1)で有名なカンボジアにおいて、広島大学歯学部とNPO法人NGOひろしまが協力して、現地活動を展開しています。活動を進める過程で学んだ現地の教育事情・歯科事情や、われわれの取り組みについて、これから3回に分けてご紹介させていただこうと思います。


図1:世界遺産アンコール遺跡群の1つ「アンコール・ワット」。

さて、「むし歯がひどい」とは具体的にどのような状況でしょうか? カンボジアの小学生の口腔内写真の例を図2に示します。日本での「う蝕の洪水」時代をご存じの先生にとっては、見覚えがあるかもしれませんが、若い先生方や歯科医療従事者以外の方にお見せすると、とても驚かれます。乳歯の重症う蝕だけでなく、交換障害から不正咬合につながっていることもおわかりいただけるかのではないかと思います。


図2 カンボジアの小学校低学年児童3名の口腔内写真。

このような状況には、カンボジアの歴史的背景が大きくかかわっています。1970年から1993年に至る内戦のなかで、とくに1970年代後半にクメール・ルージュによって150万人から200万人という大量虐殺が行われ、当時のカンボジアの人口の約4分の1が犠牲になりました。そして、カンボジアの復興を大きく妨げた要因の1つが、医師や教師、技術者など、教育を受けた者といった知識人をターゲットにした虐殺でした。医師が足りず、大学から教職員と学生が消え、高校から小学校に至るまでのほとんどの教育機関が崩壊した状況を想像してみてください。どこから再建していけばよいのか途方に暮れてしまいます。歯科医師では、生き残ることができたのは国内でわずか数十人だったといわれており、歯科大学からは教職員と学生が消えてしまいました。

内戦後、知識をもたない教員がハード面の不十分な学校をなんとか再開し、たくさんの現場での苦労を積み上げてカンボジアの今があります。現在でも、小学校は教員や校舎の不足から午前と午後の入れ替え制で、授業内容も教科書を板書してとにかく暗記するスタイルが多く、保健体育や音楽というような副教科が導入され始めたのは最近の話です。

家庭では、教育を受けられなかった親世代が次世代を育てており、カンボジアの6歳児の44%、12歳児の22%が、「歯みがきをしたことがない」という報告があります1)。また、歯や口の大切さや予防歯科という概念のない状況下で、経済成長によってスクロースの摂取量が増加していきました。その結果、多くの子どもたちの口腔内には深刻な重症う蝕が放置されてしまっています。

現在では毎年100名近くの歯科医師が輩出されていますが、貧富の差の激しさから採算のとれる都市部に歯科医院が集中しています。また、わが国のような国民皆保険制度はなくすべてが自費診療であり、もっとも安価な治療法は抜歯です。そのため乳歯のう蝕は永久歯に交換するまでの間、基本的に放置されています。

2009年に初めてカンボジアを訪れこのような状況を目にしたわれわれは、なんとかして子どもたちの歯をまもりたいと活動を開始しました。現状調査からの手探りで始まりましたが、さまざまな関係者との出会いがあり、子どもたちのキラキラした瞳にも魅せられ、それから何度となく現地に通うこととなりました。活動内容の詳細については、次回以降でご紹介させていただきます。

参考文献
1.Chu CH, Wong AW, Lo EC, Courtel F. Oral health status and behaviours of children in rural districts of Cambodia. Int Dent J. 2008 Feb;58(1):15-22.

著者岩本 優子 / 野村 良太

広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子 / 広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太

広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学助教 岩本 優子
  • 2009年、広島大学歯学部歯学科卒業。
  • 2014年、同大学博士(歯学)
  • 2016年より現職。
  • 日本小児歯科学会専門医。日本障害者歯科学会認定医。


広島大学大学院医系科学研究科小児歯科学教授 野村 良太
  • 2002年、大阪大学歯学部卒業。
  • 2006年、同大学博士(歯学)。
  • 2011年、同大学歯学部附属病院(小児歯科)講師。
  • 2015年、同大学大学院歯学研究科口腔分子感染制御学講座(小児歯科学教室)准教授。
  • 2022年2月より現職。
  • 日本小児歯科学会専門医指導医。
岩本 優子 / 野村 良太

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