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10年先を見据えた未来の歯科のあり方 第3回:G.V.ブラック先生が予見した将来の歯科医療

10年先を見据えた未来の歯科のあり方  第3回:G.V.ブラック先生が予見した将来の歯科医療
10年先を見据えた未来の歯科のあり方 第3回:G.V.ブラック先生が予見した将来の歯科医療
歯科医師でG.V.ブラック先生1を知らない人はいないでしょう(図1)。もっとも有名なのはブラックの窩洞と予防拡大という考え方を保存修復学で学びました。しかし私の保存修復学の講義への印象は、技術的な学問だなということでした。実は、ブラックの窩洞に関する授業に無生物的なものを感じてしまい、基礎に進路を選ぶ起点がこのあたりにあったと思っています。


図1 保存修復学の父とよばれるG.V.ブラック(参考文献1より許可を得て掲載)。

結局のところ、臨床歯科医にならず病理学者の道を選びました。そして、私は病理学とはいっけん関係なさそうな歯科医療における予防の重要性を唱えている異端病理学者です。なぜ、病理学者が予防を主張するのかといえば、それには深いわけがあります。

30年前、私は病理学者になるために医学部で病理解剖を学ぶ機会を得ました。医学部は新鮮で、さまざまな全身疾患を体験しました。医科は治療を生業とする業態ですが、若い医師たちと触れ合うなかで、歯科は治療だけでなく予防という使命を負う業態であることに気づかされました。う蝕や歯周病は、予防が効果的に実現できる病気であり、医科が扱う疾患群とはかなり違うのです。

私は医学部で学んだことで、歯科の病理学は医科の真似事でない歯科固有の病理学を追求すべきと考えるようになり、そのキーワードが予防でした。特にさまざまな疾患で亡くなった方の病理解剖は、全身の健康を訴求する予防の必要性を教えてくれました。

それから10年後に教授となりました。教授着任直後から「疾患病理学」は研究しないと発言して、当時の学長に何のための病理学だと批判されたのを覚えています。しかし、意に介しませんでした。さらにその10年後に歯科固有の病理学を環境病理学と名づけ、現在では正式な分野名としています。

元々環境病理学とは、環境要因である発がん剤による実験モデルを用いた研究分野のようですが、私の意図する環境要因は、口腔の環境要因である唾液です。環境病理学とは、唾液の機能性を明らかにし、唾液の機能性が破綻する時に生じる疾患を見出し、唾液の機能性の維持改善法を開発することで、口腔および全身疾患の予防を目指す学問と勝手に定義しています。私は、この環境病理学のコンセプトに基づき、唾液腺‐脳相関と腸‐唾液腺相関を発見して、さらに研究を進めています。

今の歯学教育は、30年前と大きく変わってはきていますが、歯科の基本的な考え方である予防は、すべての科目の根本に位置づけられていません。特に基礎系科目は医科の模倣のままであり、模倣しつつ、歯科固有の考えを融合した新しい歯科基礎科目が求められています。医科歯科連携が重要な時代となり、医学的知識が以前より必要になっている時だからこそ、立ち位置を間違えてはいけないのです。

新時代の歯学教育は、う蝕と歯周病の病因論に立ち返り、臨床系を含むすべての科目が予防という1つの柱から派生するよう編成し直す必要があります。特にこの予防には、全身の健康という要素が含まれる予防でなければなりません。ぜひ新しい歯学教育をつくって、そして、新しい歯科医師像による国民の期待に応える新たな歯科医療の展開を目指さねばなりません。歯科医院がコンビニより多いというネガティブなイメージがありますが、きっとだれも不思議に思わない時代が来るはずです。

1896年、GVブラック先生は学生に対して「諸君の時代には、治療することよりもおそらくは予防医学の時代が来るであろう。う蝕の病因論と病理学を十分研究した時には、系統的な薬物の効用によってう蝕症を退治することができるようになるであろう」と発言しました。

私は、2022年度から歯科医学の歴史という科目を担当しており、その授業の準備している中でこの言葉を見つけ、度肝を抜かれました。また、GVブラック先生が病理学の教授も兼任されていたことも知り、さらに驚きました。GVブラック先生は、病理学者としてう蝕の病因論を大切にし、そこから歯科を考察した時、予防にたどり着いていたのでしょう。そのことを知り、私は異端の病理学者として孤独を感じていましたが、今はもうそうではなくなりました。GVブラック先生が生きておられたら、現状にどのくらいの点数をいただけるでしょうか。まだ、ここまでしか来ていないのかとおしかりを受けるような気がしています。

参考文献
1.田上順次,千田彰,奈良陽一郎,桃井保子監修.保存修復学21.第4版.京都:永末書店,2011.

著者槻木 恵一

神奈川歯科大学歯学部病理
組織形態学講座環境病理学分野教授

1993年 神奈川歯科大学卒業 2007年~ 神奈川歯科大学病理学教授 2013年~ 神奈川歯科大学大学院歯学研究科長(~2023年3 月) 2014年~ 神奈川歯科大学副学長 2023年4 月~ 神奈川歯科大学図書館長 2022年 特定非営利活動法人日本唾液ケア研究会を創設、理事長就任 プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の摂取による唾液中IgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを示し、「腸‐唾液腺相関」を発見。唾液の機能性研究を進めている。
槻木 恵一

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