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10年先を見据えた未来の歯科のあり方 第5回:唾液は全身を映す鏡?

10年先を見据えた未来の歯科のあり方  第5回:唾液は全身を映す鏡?
10年先を見据えた未来の歯科のあり方 第5回:唾液は全身を映す鏡?
歯は萌出後に、その形が小さくなることはあっても大きくなることはありません。しかし、唾液にはたっぷりのカルシウムイオンやリン酸イオンがあります。いわゆる過飽和という状況です。

この過飽和とは、溶解度を超えて物質が溶液中に溶けている状態を示します。過飽和であれば歯の表面に石灰化が生じ、歯が大きくなってもよいはずですが、そのようなことは、もちろん起こりません。その理由は歯の表面で、石灰化を抑制する機序が存在するからです。これは口腔内でリン酸カルシウムの沈殿を阻害するスタセリンとプロリンリッチタンパク(PRP)という唾液中の物質の作用によることが報告されています。一方で歯の再石灰化に過飽和な状態は寄与しています。

このように、歯を取り巻く環境は、促進因子と抑制因子が混在し唾液による魔法のカクテルに支配され、恒常性の維持が図られるのです。

口腔内での異常な石灰化については、歯石の形成でも上記の恒常性を保つ現象の異常で生じています。歯石は、一般的にはプラークを基盤として石灰化が生じ歯に沈着します。臨床的に歯石は、沈着しやすい人もいれば、沈着しにくい人も存在しています。この歯石の形成には、細菌要因、唾液pH、イオンの濃度、石灰化阻害要因などが複雑に関与しているためです。唾液の観点からいえば、pHはアルカリ性である方が沈着しやすくプラーク中ではスタセリンやPRPの活性は分解され減弱していると考えられます。

特に、唾液のpHを増加させる要因に尿素があります。尿素は、アンモニアと二酸化炭素からなり、無害な物質として排泄されますが、血中の尿素は唾液中に移行してきます。血中の尿素の増加は、慢性腎不全や血液透析患者に認められます。Honarmand1らの血液透析を受けている慢性腎不全患者の口腔の状態と唾液の性状を調べた研究によると、唾液中の尿素量、pH、口臭を有する比率、口腔乾燥症の有病率が、健常者より有意に増加していました。また、歯石形成は健常群13.3%で、慢性腎不全患者では50%と有意に多く、慢性腎不全患者の口腔内所見の特徴として報告しています。このメカニズムとしては、唾液中の尿素が細菌によりアンモニアに分解されることで、唾液pHが上昇し、リン酸カルシウムの飽和が増加され、歯石の形成が促進されるためと考えられています。また、血液透析患者は水の摂取が制限されており、唾液量も減少していることが多いです。

唾液による恒常性の維持は、唾液の有する魔法のカクテルで調節が行われ、口腔や歯の機能維持に貢献していますが、唾液は全身からの影響を受ける存在であることに留意しなければなりません。歯石が多いことが、腎疾患と関連する場合もその一例に過ぎないのです。すなわち、唾液は全身を表す鏡といっても過言ではありません。

唾液のpH、アンモニア、タンパク質などは、口腔の評価として汎用されますが、それに留まらない、全身の評価に応用可能であることが示唆されるのです。唾液検査には、歯科医療を広げる芽が存在しているといえるのではないでしょうか。唾液検査を活用しない手はありません!

参考文献
1.Honarmand M, Farhad-Mollashahi L, Nakhaee A, Sargolzaie F. Oral manifestation and salivary changes in renal patients undergoing hemodialysis. J Clin Exp Dent. 2017 Feb 1;9(2):e207-e210.

著者槻木 恵一

神奈川歯科大学歯学部病理
組織形態学講座環境病理学分野教授

1993年 神奈川歯科大学卒業 2007年~ 神奈川歯科大学病理学教授 2013年~ 神奈川歯科大学大学院歯学研究科長(~2023年3 月) 2014年~ 神奈川歯科大学副学長 2023年4 月~ 神奈川歯科大学図書館長 2022年 特定非営利活動法人日本唾液ケア研究会を創設、理事長就任 プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の摂取による唾液中IgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを示し、「腸‐唾液腺相関」を発見。唾液の機能性研究を進めている。
槻木 恵一

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