全身には、外界と交通するさまざまな空洞が存在しますが、口腔は特に大きな体積を示すと考えられます。また、臓器の1つとして食物の取り入れ口であり、空気の侵入もあり、外来微生物と遭遇するリスクは大きいといえます。口腔粘膜は重層扁平上皮で被覆されており、錯角化が一部認められますが、大部分は細胞層が厚いことから外的侵襲には強い構造となっています。 一方で、口腔の細菌量はきわめて多く、この粘膜と細菌の間に存在するのが唾液です。形態的な構造によるバリアに加え、唾液は自浄作用や抗感染作用を示す物質により、口腔粘膜を守っているといわれています。この抗感染作用を示す物質として、病変の予防効果を示すのがIgAです。 IgAは、抗体の1つであり、抗原に対して特異的に結合し、中和や凝集反応で抗原を不活化します。口腔には1日約50~100mg分泌されており、いわゆる粘膜免疫の実行を果たしています。すなわち口腔は、外来物質が侵入しやすい臓器である一方、実は無防備ではなく生体にとって高次の生命現象である免疫によって守られているのです。 最近、市民に向けた講演での印象として、口が感染の入口であることを知っている方は多いですが、免疫が存在することはほとんど知られていません。さまざまな健康法のなかでも、免疫力を上げることには関心が高いですが、口腔の免疫についての周知は十分ではないようです。 唾液中のIgAで有名な作用の1つに、う蝕患者におけるIgA量が健常対照群よりも有意に低いことが2020年にシステマティックレビューで明らかになり、唾液中のIgAがう蝕からの保護因子となっていることがあります1。また、舌苔の形成を抑制したり、上気道感染症のリスクを下げたりと感染予防に対する効果が示されてきました。 しかしIgAは、必ず誰でも唾液中に含まれますが、性別、年齢、生活習慣、BMI、ストレスなどの多彩な要因の影響を受けるため、IgA量には個体差が大きいです。また、血液中の物質と異なり、基準値を決めるのも非常に難しいのが現状です。そのため、現在までにIgAを簡易的に測定し、その数値から健康や不健康などの状態を決めることができていないのが大きな課題となっています。 一方で、唾液中のIgAは、他のIgGやIgMなどと異なり、比較的簡便に量を増やすことができます。筆者は、いわゆる発酵食品や食物繊維を継続的に摂取すると数週間から数ヵ月でIgA量が増加することを報告し「腸‐唾液腺相関」と命名しました。腸にアプローチすることで、唾液に存在する粘膜免疫を亢進できるのです。腸活は有名な健康法ですが、腸活には口活の作用も存在したのです。 歯科での栄養指導といえば、小児への間食の指導が思い浮かびますが、オーラルフレイルの予防に栄養指導が重要になっているなど、歯科医療における栄養指導の意義は変わりつつあります。腸‐唾液腺相関の知見は、歯科での口腔ケアが機械的な清掃指導に留まらず、生体が本来保持する抵抗力を向上させることも併せて行う意義を示していると考えられます。もちろん、保険診療とはまったく関係ない事項ではありますが、患者さんの健康を食からも考え、そして発信する歯科医師や歯科衛生士が求められる時代が来ているのではないでしょうか。 参考文献 1.Wu Z, Gong Y, Wang C, Lin J, Zhao J. Association between salivary s-IgA concentration and dental caries: A systematic review and meta-analysis. Biosci Rep. 2020 Dec 8;40(12):BSR20203208.
著者槻木 恵一
神奈川歯科大学歯学部病理
組織形態学講座環境病理学分野教授
1993年 神奈川歯科大学卒業
2007年~ 神奈川歯科大学病理学教授
2013年~ 神奈川歯科大学大学院歯学研究科長(~2023年3 月)
2014年~ 神奈川歯科大学副学長
2023年4 月~ 神奈川歯科大学図書館長
2022年 特定非営利活動法人日本唾液ケア研究会を創設、理事長就任
プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の摂取による唾液中IgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを示し、「腸‐唾液腺相関」を発見。唾液の機能性研究を進めている。