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歯科医院の経営者としてのあり方とは?いちき歯科 インタビュー市来院長

歯科医院の経営者としてのあり方とは?いちき歯科 インタビュー市来院長
歯科医院の経営者としてのあり方とは?いちき歯科 インタビュー市来院長

■市来正博 院長

1967年生まれ。鹿児島県出身。岡山大学歯学部卒業後、大阪市内のクリニックで8年間勤務。平成12年いちき歯科を大阪市北区に開業。現在ユニット10台のクリニックを経営し、約25名のスタッフの人間教育にも力を入れる。共著に『行列のできる歯科医院』『夢を叶える歯科医師たち』などがある。

●次々とスタッフが辞めていく・・・
●問題の根本に気づき、学んだこと
●これから歯科医院を運営していくにあたって

あることがきっかけで、マネジメントについて考えるようになったという市来院長。今では多くのスタッフを抱える歯科医院となった「いちき歯科」のこれまでの失敗と、そこからどのように打開して今に至るのかについてお伺いしました。

■マネジメントの重要性に気づくまで

私がクリニックを経営するなかで、マネジメントの重要性に気づいたのは、独立して数年後に、スタッフが次々に辞めていったことがきっかけでした。実はその少し前から、スタッフとの関係がうまく行っていないのではないか、ということは感じていました。私が外出先から戻ると、それまで楽しそうに話していた衛生士たちが急に静かになる、なんてことが頻繁に起こっていたのです。 クリニックを開業して5年ほどが経ち、順調に経営の数字は伸びていたのですが、スタッフを補充しても1〜2年で辞めていくことが珍しくなく、いったいなぜ定着してくれないのか途方に暮れました。一時期は毎月のように人が辞めていき、スタッフから「先生、ちょっとお話いいですか?」と声をかけられると、「また退職の相談か……」と怖くなるほどでした。 今振り返ってみると、原因はすべて自分にあったのだと思います。マネジメントの知識、経験が欠如したままクリニックの経営を続け、その限界がその頃にやってきたのです。私だけでなく歯科医の多くは大学を出て、数年間どこかのクリニックで働いた後に独立し、いきなり「一国一城」の主になります。クリニックで勤務医がスタッフの指導をすることは基本的にありません。つまり管理職の経験をほとんど積むことなく、いきなり「経営者」として大勢の人をマネジメントすることになるわけです。それでは失敗するのも当然です。実際、多くのクリニックでは、開業後数年してからスタッフが大量に辞めていくことが珍しくないと聞きます。私が知る歯科医仲間も、スタッフの離職に悩んでいる人は少なくありません。

■問題がどこにあるのかわかったきっかけとは

私は最初のうち、自分のクリニックで人が辞めるたびに、「スタッフが悪いのだ」「なぜ自分の考えをわかってくれないのだろう」と不満を抱いていました。会合などで歯科医の仲間に会っても、「スタッフに恵まれなくて困っている」と、愚痴ばかりこぼしていたのです。 それが大きな勘違いだと気づいたのは、大学時代に所属していたクラブの合宿に、久しぶりに参加したことがきっかけでした。そこでも私はスタッフの愚痴を歯科医仲間にこぼしていたのですが、久しぶりに出会ったある先輩は私と逆に、自分の経営するクリニックのスタッフを褒める言葉しか言っていなかったのです。二人の話を聞いていた友人から「先輩はスタッフを褒めているのに、なぜお前は悪口しか言わないんだ?」と指摘されて、「もしかしたら、スタッフが辞めていくのは自分に原因があるのではないか……」とそこで初めて気づきました。 あらためて自分の言動を振り返ってみると、いつも一方的に上から「こうしておいて」と業務を伝達するだけで、それ以前にスタッフ一人ひとりと良好な「人間関係の基礎」を築いていなかったことに思い当たったのです。その気づきを得てから、私は業務の合間をぬって、歯科医のセミナーや医院の経営に関する勉強会などに、できるだけ足を運ぶようにしました。そうした場で出会った多くの経営者の、マネジメントの実体験に基づく話は、たいへん参考になりました。なかでも勉強になったのが「地域一番経営実践塾」という、経営を学びたい歯科医が集まる勉強会です。その勉強会には全国から歯科医が参加するため、それぞれの地域やクリニックの特性に合わせた経営を、各先生がされていることを知りました。それまでは自分の知り合いの歯科医師とたまに話をするぐらいで、とても狭い視野でクリニックを経営していたことに気付かされたのです。

■様々なセミナーなどに参加して学んだこと

同時に、心理学やカウンセリングに関する本も沢山読み、「人はなぜそのような行動をとるのか」「人間の性格にはどのようなタイプがあるのか」といった心と行動の原理を学んでいきました。 それらで得た知識は、すぐにクリニックの経営で実践するようにしました。例えば朝、顔を合わせたら必ず目を見て挨拶する。帰るときにもしっかり相手の顔を見て、「お疲れ様」と声をかける、そんな基本的なことからです。しかしその「根っこの気づき」は本当に意味がありました。自分自身の態度と行動を改めるようになって、スタッフの退職が目に見えて減っていったのです。現在は、結婚や転居などの環境の変化以外でスタッフが退職することは、ほとんど無くなっています。いちき歯科は最初チェア3台で始まりましたが、その後4台、8台と増えて、今は10台が稼働しています。自分が大きくしたいと考えてそうなったというより、スタッフが長く働いてくれるようになったため、新しい人を受け入れるために規模を拡大してきた結果です。現在は、院長の私を含めて25名が働いています。 今あらためて感じるのは、歯科医の世界では「経営」という観点が、一般企業に比べて大きく遅れているということです。歯科医に限らずあらゆる組織の経営において最も重要なのが「人」です。歯科クリニックでは、治療にあたる歯科医以外にも、衛生士や受付などたくさんのスタッフがいます。スタッフを大切にしなければ、歯科クリニックの経営を続けていくことはできないのです。 とくにこれからは、スタッフを大切にする医院とそうでない医院で、差はますます広がっていくはずです。歯科衛生士一人に対して、クリニックの求人の数は20倍ぐらいあります。優秀な衛生士は引く手あまたですから、辞められてしまったスタッフの代わりの存在をすぐに見つけることは、たいへん難しい。そうなると結局、苦しむのは経営者である歯科医自身なのです。 いまクリニックを経営するにあたって、私たちが目指しているのは一流ホテルや有名テーマパークのような「一流のサービスを提供する場」になります。ある一流ホテルの従業員はお客様への約束や行動規範を記したカードを常に身につけていることで知られていますが、私たちも自分たちのカードを作成し、スタッフ全員がいつも身につけ、ことあるごとにカードに記載してある信念に立ち戻って働こうと呼びかけています。またスタッフ全員が年間3回、外部の講師を招いてのマナー研修を受講し、患者さんにどういう接し方をすれば気分良く治療を受けてもらえるか、学び続けています。こうした一流の接客サービス業に学んでいるのは、これからの歯科医は「顧客目線」に立たなければ経営を続けるのが難しくなるだろうと考えているからです。

■これからの歯科医院経営について

歯科医というのはふつうの内科などの医院とは違って、経営的には「美容室」に近いところがあります。風邪をひいたり、お腹が痛くなった人は、近所の内科医などのお医者さんに駆け込みますが、基本的にその病気が治れば継続して通うことはありませんし、皮膚にできものができれば皮膚科、足を骨折したら整形外科、というように、病状別に病院を使い分けます。しかし歯の病気や治療は、一度どこかのクリニックに通い始めたら、治療途中でそうそう簡単に変えるわけにはいきません。美容院と同じように、「お気に入りの歯科クリニック」を決めたら、家族みんなでそこに通う、という人が少なくないのです。そのためネットが普及した現在では、多くの人が事前に歯科医の評判などを検索して調べてから来院することが珍しくなくなっています。とくに予防歯科が一般的になりつつある昨今では、その傾向が強まっています。だからこそ、多くの患者さんに喜んで来院してもらうためには、スタッフの接客スキル向上が重要になります。このあとで登場する礒田が担当している「クリニカルコーディネーター」という職種も、患者さんとのコミュニケーションを密にとることで、より治療に対する満足度を向上したいと考えたことからクリニックに導入しました。 スタッフにマナーなどの研修を受けてもらうのは、クリニックの経営のためだけではありません。私の医院で働いてくれたスタッフが、結婚などで退職した後も、周囲から「本当に礼儀正しくて気持ちの良い人だ」と思ってもらえたら、それはその人にとって一生の財産となります。一人ひとりの「人間力」が向上すれば、それは巡り巡って「いちき歯科で働くと人間として成長できる」という当クリニックの評価にもつながっていくでしょう。自分たちと一緒に働いてくれたことが、その人にとって何かしらのプラスになるような場をつくる。それも経営者の果たすべき大切な仕事の一つだと考えています。 現在、いちき歯科ではインターネットのWEBサイトにも力を入れていますが、外部のデザイン事務所とのやりとりや、SEO対策などのWEB戦略などは、私が行っています。しかし今後、当医院がさらに発展していけば、「WEB担当」や「広報担当」のスタッフが必要になっていくだろうと考えています。今まで歯科は、院長がトップに一人だけいて、あとのスタッフはみんなその下に並列でいる、というのが当たり前でした。しかしこれからの時代、歯科医院も一般の企業のように、スタッフの役割も分業化していって「人事担当」や「機器担当」といった役割のスタッフがいるのが一定以上の規模のところでは普通になっていくのではないかと考えています。そのような時代の歯科医に、マネジメントの力は必須の項目となっていくに違いありません。

いちき歯科

URL : http://www.ichikishika.com/

著者大越 裕

神戸市在住。
2社の出版社を経て、2011年フリーに。
ビジネス・サイエンスを中心に様々なテーマの取材記事を各種メディアに執筆。
理系ライターズ「チーム・パスカル」所属。
http://teampascal.jimdo.com
大越 裕

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