世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっています。小さな小さなウイルスによってこんなに短期間にこんなに多くの命が奪われるとは、改めて感染症の怖さを思い知らされています。アイルランドの老舗のパブのオーナーだったショーンも、インフルエンザウイルスによってあっけなく逝ってしまいました。72歳でした。 <パブ裏のガーデン、ショーン自慢の花々> 私が初めてこのパブに連れて来てもらった時は、大きなショックを受けました。100年くらい前にタイムスリップしたような古びた内装に、清潔感はなく、出されたグラスには指紋がついたまま。パブのマスコット犬が、オーナーと常連客の間を行ったり来たり、パブ内を忙しなく走り回っていました。そのオーナーのショーンは朴訥そのもので、ほとんど顧客と目を合わせず、飲み物を注ぐとレジ前に行って、じっと俯いてラジオを聴いていました。 <パブのレジ前> こんなアイルランド人は初めてでした。アイルランド人はコミュニケーション上手で、おしゃべり好きと決まっていたのです。しかし、このパブに度々通ううちに、彼の数少ない、しかし率直な物言いに嘘はなく、また陰から私の気持ちを理解してくれていることも伝わりました。私の友人は、「許しの秘跡」(カトリック教で神父に罪の告白をすること)をするのならショーンにしたいと言うくらい信頼していました。 <パブのマスコット犬、ヴィヴィ> 日本の「明治男」のような愛すべきパーソナリティは、このパブを人気にしているようでした。しかし、2018年1月、インフルエンザに罹ったショーンは、常連客たちの強い説得をよそに養生せず、次の週には亡くなってしまいました。7人兄弟の末っ子なのに、兄弟の中で最初に亡くなってしまいました。独身だったため、犬だけを残して。 <お祭りの日、パブ前の交差点で踊る人々> 治しようがあるインフルエンザで、こんなに若く人生を閉じてしまって、友人たちはやるせない気持ちでいっぱいでしたが、一方、医者嫌い、頑固一徹の人生の終わり方は、ショーンらしくて納得しました。お葬式の時のスピーチから、彼が密かに地域に寄付していたこともわかり、それも彼らしい格好良さでした。地元のスポーツチームは、その年、45年振りに優勝し、ショーンの墓石には、誰かがチームカラーの布を巻いていました。優勝を喜ぶ顔を見たかった、そして、一言だけでも今までのお礼を言いたかったと寂寥感が拭えません。 <ショーンが眠る墓地の夕焼け>
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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