前回は垂直的な顎間関係=咬合高径について考察を行いました。今回は水平的な顎間関係について考えていきましょう。正解に“幅”がない水平的顎間関係
前回、「垂直的顎間関係、いわゆる咬合高径には、個々の患者にある特定の厳密な適正高径が存在するかどうかには解答が得られていません。どちらかといえば、ある程度の許容できる幅を持っているのではないかと考えられています。」と記しましたが、今回考えていく水平的な顎間関係については、残念ながら当てはまりません。むしろ、わずかでもズレがあった場合には口腔内で義歯が安定せず、使うこと自体が難しくなってしまいます(図1)。 図1 健常有歯顎者の咬頭嵌合位はアペックス(後退位)のわずかに前方に位置している。どんな場所に中心咬合位を設定するのが良い?
水平的な顎間関係の決定とは、わかりやすくいえば、義歯の中心咬合位をどこにするかを決めることです。その場所はどのようなところが良いでしょうか?中心位でしょうか?顆頭安定位でしょうか?難しい用語解説は省略しますが、かみ砕いて表現するならば、“自然に噛める”“緊張していない”“再現性がある”“痛みがない”“その場所から前方や側方運動が可能”“人工歯排列に無理が生じない”という位置ではないでしょうか? 個人的には上記のような条件をすべて満たすのであれば、それがどのようによばれる場所であっても、総義歯の中心咬合位にとっては問題ないと思っています。有歯顎の咬頭嵌合位の顎間関係は理想的
健康な顎咬合系を有する健常有歯顎者の咬合嵌合位は、ほぼ間違いなく前述の条件を満たすと考えられます。おそらく多くの読者も、もし自分が急に無歯顎になったとしたら、今の咬頭嵌合位の場所に義歯の中心咬合位を設定したいと考えるのではないでしょうか? ゴシックアーチでいえば、アペックスよりも少し前方の位置だといえます(図2)。つまり、同位置は理想的な顎間関係のひとつだと考えられます。そのため、もしタッピング運動が非常に安定し、採得が容易である場合にはその習慣性咬合位で一度採得を行って、義歯の製作を行うことで大きな問題はないと考えられます(図3)。 図2 タッピングがアペックスよりもわずかに前方で安定している場合は、タッピングの位置で採得して問題ないと考えられる。 図3 水平的顎間関係にズレがあると機能しない義歯となってしまう。 しかしながら、われわれが悩むケースというのは、患者のタッピング運動が安定せず、同位置で採得することが難しいケースだといえます。では、そのような場合にはどうすればよいのでしょうか?迷った時は後退位で一旦採得しよう
以前より、全部床義歯学の教科書では、後退位を一つの基準位とすると書かれていますが、それはなぜでしょうか?もし、タッピングが不安定であっても、先述のようにゴシックアーチのアペックスより少し前方で採得すれば良いのではないかと考える先生方もいらっしゃるかもしれません。 しかしながら、その“少し前方”がどの程度なのか、あるいは左右へまったく偏心せずに前方に運動した位置だと確信をもって決定することはかなり難しいといえます。そのため、まずはアペックス=後退位の位置でまずは採得すること(必要に応じてロングセントリックを付与する)が一つの定説となっています(図4)。 図4 成書には、全部床義歯症例で採得するべき下顎位は後退位であると記されている。 簡単にいえば、“咬合が不安定な患者の咬合採得は難しいので、まだ正解に近い場所だと考えられて、採得しやすい後退位を基準にして考えよう”ということです。前回ご紹介した過去の成書(Swenson MG. Complete Dentures. 1st ed. St. Louis : C. V. Mosby Co ; 1940.)にも以下のように記されています。 「中心顎位(Centric jaw relation)に関しては、権威の間でも意見の相違がみられるが、後退位こそが唯一確実に採得できる顎位である」 「患者は後退位よりも前方で機能を営むかもしれないし、しないかもしれない、しかし後方位からスタートするのが安全である」
TOP>臨床情報>全部床義歯臨床ワンポイント講座~知っておくと役立つ基礎知識 第7回 迷ったら後退位を基準にしよう“水平的顎間関係”
著者松田謙一
大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座臨床准教授
略歴
- 2003 年、大阪大学歯学部卒業
- 2007年、同大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
同大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座助教・臨床講師を経て、2019 年より医療法人社団ハイライフ大阪梅田歯科医院院長、HILIFEDENTURE ACADEMY 学術統括者。
現在、大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座臨床准教授も務める。
https://dentureacademy.org/