今夏の第104回全国高校野球選手権大会の決勝戦は、仙台育英(宮城)が下関国際(山口)に8対1で勝利し、大旗はついに100年以上閉ざされていた「白河の関」を越えた。甲子園球場の熱戦には、スタンドを埋める観客たちや応援というスパイスが必要だと再認識した夏でもあった。熱戦に見入る一方で、かつて私がグランドに立っていた頃よりも、はるかに威力を増した日差しのなかで、懸命にプレーする選手たちの体調が心配でならない。 今大会では、特に高松商業(香川)と仙台育英に注目していた。両校の長尾監督(高松商業)、須江監督(仙台育英)はいずれも、中学野球での実績が高い評価を受け、高校野球部の監督に抜擢された。現在、高校野球においてその手腕を発揮している。高松商業は地元の代表でもあり、昨年12月にはイチロー選手が指導に訪れ、その効果が試合結果として現れることを期待していた。一方、仙台育英に関しては、須江監督が2018年のインタビューで発した一言が、ずっと記憶に残っていた。イチロー選手が、高松商業への訪問指導を決めたのは、昨年甲子園で智弁和歌山戦に敗れた後の長尾監督のインタビューを耳にしたことがきっかけだという。試合後に、私たちが何気なく聞いているインタビューにも、日常生活や仕事に役立つ重要な言葉やヒントが潜んでいるのかもしれないと思ったりもしている。 2018年の第100回全国高校野球選手権大会初戦で、浦和学院(埼玉)に0対9と大敗した後のインタビューで、須江監督は「1000日以内に全国制覇する計画を立てて、明日から練習します」と答えたが、1000日という具体的な数字が私の中に強い印象を残していた。それ以来、毎年同校の試合を見ながら密かにエールを送っていたが、全国制覇への道はなかなか遠いように見えていた。それどころか、コロナ禍で中止となった2020年を挟んで4大会連続の代表の座を目指した昨夏は、宮城大会4回戦で敗れていた。 ところがついに今年、須江監督が全国制覇への1000日計画を公言した日から1471日目に、その言葉が現実のものとなった。「周りは笑っていたかもしれないが、僕は本気だった。東北が日本一になれない理由はない」とも語っていたらしい。 野球界で1000日計画といえば、長嶋茂雄監督が打ち出した「四番1000計画」の方が有名だろう。それは、大きな期待の下、星稜高校から入団した松井秀喜選手を、時間をかけて巨人軍の真の四番打者として育て上げるプランだった。長嶋監督は松井選手を、昼夜を問わず、監督室、自宅やホテルに呼び出し、マンツーマンでひたすら素振りを続けさせた。こだわったのはトップスピードの音で、納得する音になるまでそれは続けられた。 巨人軍に移籍してきた落合満博選手、清原和博選手が四番の座を務め、松井選手は三番に、やがて2000年、長嶋監督は満を持して松井選手を開幕四番に指名した。その期待に応え、打撃2冠にセ・リーグMVP、日本シリーズでもMVPに輝き、真の四番が完成したというストーリーだ。2002年、巨人を日本一に導いた後にMLBに挑戦し、ニューヨークヤンキースで活躍することになる。 1000日、私も結果が求められる試みには、1000日という時間の単位で考えることにしている。受験や研究、自分自身の地域での活動、診療所のスタッフたちの成長をみながら、これが特別な時間の単位だと思うようになった。もし今あなたが信頼できる上司、仲間に囲まれているならば、1000日という時間をともに過ごしてみると良い。きっと大切な何かを掴み取り、成し遂げる可能性は高いと思う。 実をいうと「むし歯の少ない歯科医師の日常」の連載エッセイ(コラム)は、本編で第30回目となる。日数にするとおおよそ1000日、2019年に出版された拙著『季節の中の診療室にて』(クインテッセンス出版刊)に相当するボリュームである。この原稿を書きながら、この1000日間で読者の方々に何か伝えられてきたのだろうか。そのことがとても気になっている。 そんな思いで原稿を書き始めた早朝、近くの半島に足を運ぶと仲秋の名月が西海の空に浮かんでいる。振り返ると、朝焼けが東の山を照らしていた。荘厳な自然の風景には、1000日ではなく1000年という時間の単位がふさわしい。 さて、長いようで短い次の1000日で何ができるだろう。
著者浪越建男
浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医
略歴
- 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
- 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
- 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
- 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
- 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
- 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
- 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
- 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
- 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
- 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
- 浪越歯科医院ホームページ
https://www.namikoshi.jp/