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薬の世界からみる歯科の世界 第5回:歯周病治療における漢方薬の可能性

薬の世界からみる歯科の世界 第5回:歯周病治療における漢方薬の可能性
薬の世界からみる歯科の世界 第5回:歯周病治療における漢方薬の可能性
「歯周病と漢方薬について」興味を抱き、懇意にしている本学の卒業生でかつ医師の各務(かかみ)雅夫先生(岐阜県郡上市民病院内科)にいろいろと話をうかがった。各務先生は薬剤師でもあり、漢方薬についても造詣が深い先生である。

漢方方剤処方時の留意点として、「歯周病」の治療薬として、使用されている各種方剤の「効能または効果」に、明確に「歯周病」と記載されているものは存在しないことから、「歯周病」で医療用漢方方剤処方の際は、医療保険上での留意が必要となる。

医療用漢方方剤148種の中で、唯一、ツムラ医療用漢方方剤「排膿散及湯(ハイノウサンキュウトウ)」の「使用目標=証(しょう)」の考えに基づいて、漢方の適応となる体質傾向として「体力中等度前後のヒトの化膿性皮膚疾患及び歯周組織炎(歯槽膿漏)、歯齲炎などに用いる」と、記載されている(ツムラ医療用漢方方製剤ラインナップ2021年から引用)。

すなわち、皮膚の腫れや発赤をしずめ、治りを良くする。化膿性の皮膚病のほか、歯肉炎や歯槽膿漏などに用いられることがある。配合されている生薬は、桔梗(キキョウ)、甘草(カンゾウ)、大棗(タイソウ)、芍薬(シャクヤク)、生姜(ショウキョウ)、枳実(キジツ)である。

口腔内に表れる発赤・腫脹・疼痛をともなった化膿症状に用いられる「排膿散及湯」以外にも、口腔内関連症状には、「立効散」、「半夏瀉心湯」、「黄連湯」、「茵蔯蒿湯」、「白虎加人参湯」を、全身症状に関連して生じる口腔内関連症状を改善する目的で、「五苓散」、「芍薬甘草湯」、「葛根湯」、「補中益気湯」、「十全大補湯」の11種の医療用漢方方剤が処方されることがある。

また、歯周病は口腔内が乾燥状態になると歯周病菌が増加することから、粘膜乾燥改善作用が期待される漢方薬として、「滋陰降火湯」、「五苓散」、「白虎加人参湯」、「麦門冬湯」がある。

ここで、前述のように漢方でよく「証」という言葉を聞くが、これは何を意味するのであろうか? クラシエのホームページ※によれば、「証」とは、自覚症状及び他覚的所見からお互いに関連し合っている症候を総合して得られた状態(体質、体力、抵抗力、症状の現れ方などの個人差)をあらわす漢方独特の用語で、治療の指示(処方の決定)につながる。

すなわち、からだが病気とどんな戦い方をしているかをみるもので、体質や抵抗力、病気の進行度などをあらわす。漢方では、その時のからだの状態を次のような観点から判断する。例えば、冷えや寒さなどを感じているのか、ほてりがあって暑がっているのか、体力があり病気に対する抵抗力がある状態なのか、体力が低下していて病気に対する抵抗力が弱い状態なのか。このように、からだ全体の状態をつかみ処方を決定することを「証をみる」、「証を決める」という。漢方では、個々人に対して証に合った薬を使うことにより病気を治す。

歯周病は、全身に影響を及ぼす疾患でもある。

歯周病菌が感染をおこすことで動脈硬化を誘発し、虚血性心疾患(心筋梗塞)・脳血管障害(脳卒中)を、また、感染性心内膜炎、誤嚥性肺炎、糖尿病、アルツハイマー病、骨粗鬆症などの疾患の原因や増悪因子として、相互の関連性も指摘されてきている。

漢方治療は、西洋医学の「患部を診る」のとは異なり、患者さんの全体を診て「個の体質・特徴を重視」し、心と体は一体である「心身一如」を前提とし、臓器のみを注視するのではなく、「心身全体的調和を希求する治療」である。患者さんのからだ全体、「個を全体的に証ととらえて治療を行う」 という点では、口腔内を一つの治療臓器として考えるのではなく、心身全体を治療の対象として捉える漢方治療は、有用かつ個々人にあった治療が期待できるのではないかと思う。

今回、歯周病における漢方薬の可能性を調べていくうちに漢方薬の歴史と奥深さを知ることができた。今後、漢方薬を専門とする医師や薬局(薬剤師)との連携も重要になってくるだろう。いずれにしろ、漢方薬使用にあたっては、漢方を専門とする歯科医師、薬剤師と十分に相談して治療する必要がある。


※クラシエホームページ https://www.kracie.co.jp/soudanshitsu/qa/10114096_4569.html


著者原英彰

岐阜薬科大学学長

略歴
  • 1983年、岐阜薬科大学卒業
  • 1988~1990年、東北大学医学部脳疾患研究施設神経内科留学
  • 1994~1996年、ハーバード大学医学部ニューロサイエンスセンター(神経内科)留学
  • 2007~2021年、岐阜薬科大学薬効解析学研究室教授。

同大学薬科学科長、同大学院研究科長、同大学副学長を経て、現職。

著書に「前向き脳でエンジョイ・エイジング!(長寿の秘訣は脳の健康から)」(学文社)、「なにはともあれ元気が一番!(知って損なし脳・心・からだ・くすりのお話)」(アンデパンダン)
本学ホームページ:https://www.gifu-pu.ac.jp/

原英彰

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