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コラム

薬の世界からみる歯科の世界 第3回:歯に関するいろいろな思い出

薬の世界からみる歯科の世界 第3回:歯に関するいろいろな思い出
薬の世界からみる歯科の世界 第3回:歯に関するいろいろな思い出
小さい頃(5~10歳)、親から「下の乳歯が抜けたら家の屋根に、上の乳歯が抜けたら床下に投げると、永久歯が生えてくる」ことを教わった。実際何回か実行した記憶がある。今はこのようなことは行わないし、子どもたちにも教えない。一軒家に住んでいればよいが、マンションやアパートだと床下も屋根もないのでできない。台湾や韓国では上下に関係なく屋根に投げるようである。欧米でも乳歯を枕の下に置くとかいろいろな風習がある。今では、乳歯が抜けるのを待つよりも乳歯を抜いたほうが永久歯として生え変わりやすいとの考えらしい。

この風習(おまじない)は、子どもの歯が丈夫に育つようにとの親の気持ちの表れではないだろうか。根拠は何もないが、なんだか夢があっていいなと感じる。このような風習は、いずれは完全に忘れられていくのだろう。しかし、私にとって良い思い出である。

岐阜薬科大学生の頃、試験期間中、夕方になって歯が痛くて勉強に集中できない状況になり、友人の車に乗せてもらって歯科医院に駆け込んだ。訪れた時間が遅かったために、診察時間を過ぎていた。何とかお願いして、治療してほしいと懇願した。歯の神経を除去することになったが、普通なら歯ぐきに麻酔薬を注射して神経を取るところ、歯医者さんは状況的に判断して無麻酔で神経を取ることになった。「一瞬痛むけど我慢しなさい!」と言われて、神経を除去した。その後、歯痛はなくなり、勉強に集中することができたので、歯医者さんの緊急の処置の有難さを感じた。しかし、神経を抜く時の激痛は、今でも忘れられない痛い思い出である。

大阪市に住んでいた頃、わが家の長男が3歳児検診で優良の歯であると認められて大阪市の大会に出場する機会を得た。それを聞いてたいへんうれしかった覚えがある。しかし、後日依頼があって母親の歯も調べるということになった。母親の歯も優良な歯である必要があったのだ。残念ながら、母親の歯は優良とまではいかなく、結果的に息子は大会に出場することができなかった。どうも納得いかない残念な思い出である。

東北大学に留学していた頃、「親知らず」が虫歯になり大学病院の近くの歯科医院に行った。私は「親知らず」が上下4本ともしっかりと他の歯と同じように上を向いて生えていたが、その一本が虫歯に侵されたので、その歯を抜歯することになった。歯ぐきに麻酔薬を注射して、歯科医師二人が交代しながら力いっぱい抜こうとしたが、結局抜けなかった。歯がしっかりと生えていたのだろう。そこで二人の歯科医師は相談して、歯を割るとなると大きな手術になるので、最終的にはそのまま放置することになった。そのあと1~2週間ほど鎮痛剤とお付き合いすることになった。何とも後味の悪い思い出である。

その後、岐阜薬科大学で研究室を主宰するようになり、その研究テーマの一つに「ヒトの乳歯由来の歯髄幹細胞を用いて、眼疾患の視神経損傷の治療法の創出」を目指していた。産学共同研究の一環である。現在は私の後任の先生が引き継いで研究を精力的に進めている。

歯髄幹細胞とは、歯の神経である歯髄から取り出す幹細胞のことである。これまでは、再生医療のために幹細胞は臍帯血や骨髄などから採取することが一般的であったが、歯髄細胞は乳歯から採取できることから、採取する機会が多いなどの利点がある。今後は再生医療の観点から、歯髄幹細胞を用いた医療への応用、新薬の創出など治療法に貢献できる日もそう遠くはないと思う。これは医療に貢献できるかもしれないという期待のもてる思い出である。

以上、私のこれまでの人生における歯に関する思い出を綴った。おまじないに始まり、歯の痛みとの戦い、しかし、そこには麻酔薬や鎮痛薬の偉大さを身をもって知り、あらためて薬学の歯科医療への重要性と貢献度を感じることができた。さらに、これからの再生医療の一端を歯髄細胞が担っていくことを知り、研究のテーマとしてかかわれたことはありがたいことであった。歯科医療における薬学の役割について、もっと深く追求していくことの重要性を感じたので、次回は「歯薬連携」の話をしたいと思う。

著者原英彰

岐阜薬科大学学長

略歴
  • 1983年、岐阜薬科大学卒業
  • 1988~1990年、東北大学医学部脳疾患研究施設神経内科留学
  • 1994~1996年、ハーバード大学医学部ニューロサイエンスセンター(神経内科)留学
  • 2007~2021年、岐阜薬科大学薬効解析学研究室教授。

同大学薬科学科長、同大学院研究科長、同大学副学長を経て、現職。

著書に「前向き脳でエンジョイ・エイジング!(長寿の秘訣は脳の健康から)」(学文社)、「なにはともあれ元気が一番!(知って損なし脳・心・からだ・くすりのお話)」(アンデパンダン)
本学ホームページ:https://www.gifu-pu.ac.jp/

原英彰

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