前回は義歯の調整のポイントについて解説しました。調整が無事に完了すれば、製作した義歯を患者さんが快適に使えるようになった後、リコールへと移行することになります。今回は、リコールの重要性とポイントについて解説したいと思います。無歯顎の患者さんでもリコールは必要か?
患者さん自身の残存歯を有さない無歯顎であれば、歯周病やカリエスといった疾患には罹患することはありません。そのため、義歯の調子が悪くなったら歯科医院の予約を取ればよいと思っている患者さんも少なくないと考えられます。 しかしながら実際は、全部床義歯を快適に使用していただくためには、リコールによる調整が必要となります。その理由は、“よく噛める義歯ほどダイナミックな変化が生じる”ためだといえます。もっとも影響が大きい変化は“人工歯の咬耗による咬合接触バランスの変化”(図1)で、放置すると咀嚼能力が低下するだけでなく、義歯自体の安定が損なわれやすくなります。続いて影響が大きいのは、顎堤の吸収だと考えられます。顎堤の吸収が進むと適合が悪化し、維持や安定が悪くなる可能性があります(図2)。つまり、リコールを行わずに長期間経過してしまうと、徐々に全部床義歯の機能が低下すると考えられ、そのために定期的なチェックと調整が必要だといえます。 図1 著しい咬耗により、第一大臼歯の機能咬頭の接触が完全に喪失している。 図2 長期経過により徐々に適合が不良となっている例。「調子が良い!」のに調整は必要?
前述のように、“咬合接触”と“適合”には徐々に変化が生じるため、リコールが必要なのは理解していたとしても、若手歯科医師はよく次のような疑問をもっていると考えられます。 リコールで来院した全部床義歯の患者さんが、「義歯の調子は良いです。特に困っていません!」と言っているものの、明らかに左右どちらかの大臼歯部に咬耗が進んでいる場合、介入すべきなのでしょうか? もちろん、答えは“介入して咬合調整をしておくべき”なのですが、なかには変に調整してしまうと、せっかく調子が良かったのに悪くなってしまうのではないか?と心配して、何もしない先生もいるかもしれません。 ですが、じつはそのような状況が長く続くと、義歯が大きくバランスを崩して徐々にしっかりと咀嚼できない状況を患者さんに強いる可能性が高くなります。そのため、気がついたら必ず咬合調整を行うようにしましょう。 全部床義歯における咬合とは、咀嚼にももちろん重要ですが、義歯のバランスを保つためのはたらきも絶対に忘れてはいけません。リコール時には必ず咬合のチェックと調整を行う
前述のように、リコールで来院した患者さんの義歯の咬合接触状態を確認し、調整を行う必要がありますが、その際には以下の2つのポイントを考えながら行うようにしましょう。 ① 不必要な咬合接触をなくす 全部床義歯にとって不必要な咬合接触とは、義歯のバランスを崩しやすい部位の咬合接触です。例を挙げると、中心咬合時および偏心位における前歯部での強い接触、スキーゾーンのような傾斜の強い部位(下顎7番など)での強い接触などです。そのような部位における咬合接触は必ず削合を行い、接触しないように調整することが大切です(図3)。 図3 上顎前歯部の強い接触や、下顎スキーゾーン直上の強い接触は義歯を不安定にさせる要因となる。 ② 必要な咬合接触を付与する 必要な咬合接触とは、義歯を安定させる部位での咬合接触と主に咀嚼時に必要な咬合接触であり、簡単にいえば臼歯部での咬合接触だと考えられます。 ただし、顎堤頂から離れている第一小臼歯部やスキーゾーン上に位置している第二大臼歯などはあまり強い接触は避ける方が良いので、主に第二小臼歯や第一大臼歯の咬合接触を保つことが重要だといえます。同部の接触が弱くなっている場合に回復させる方法としては、他の接触部位を全体的に削合して接触させるようにする方法(Re-balance)と同部にレジンなどを築盛して接触を回復させる(Re-build)があると考えられます(図4、5)。 図4 全体的な削合(Re-balance)により咬合接触を回復した。 図5 特に咬合接触が大きく失われている左上5番と6番にレジンを築盛し、咬合接触を回復した(Re-build)。
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著者松田謙一
大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座臨床准教授
略歴
- 2003 年、大阪大学歯学部卒業
- 2007年、同大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
同大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座助教・臨床講師を経て、2019 年より医療法人社団ハイライフ大阪梅田歯科医院院長、HILIFEDENTURE ACADEMY 学術統括者。
現在、大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座臨床准教授も務める。
https://dentureacademy.org/