予防歯科の先進国であるスウェーデンでは、政府機関に医療技術評価協議会があります。スウェーデン語で Statens beredning för medicinsk och social utvärdering (SBU) と言います。スウェーデンの医療や福祉サービスについての評価を行う独立機関で、エビデンスに基づくガイドラインもSBUが発行しています。 SBUが発行する報告書は定評があり、私が2005年に出席したアイルランド・コーク大学歯学部修士課程の授業でも見本に用いられていました。最近は、SBUのウェブサイト上で、医療の各分野に関して臨床疑問を設定し、システマティックに文献を調査し、予め設定した選定基準によって文献を選び、それらを評価して結論を出すシステマティックレビューやメタ分析を行って、公開しています。歯科医療のページもあり、2023/01/23現在、12の臨床疑問が立ち上がっていました。これらは手軽に読めて、日本でも臨床や教育の場で利用する価値があると思います。 それでは、そのうちの一つ、「歯磨きと酸蝕症」について見てみましょう。出版されたのは2022/07/01で、新しい情報です。読むのに約9分かかると丁寧な説明まで。 臨床疑問は、「酸性の飲食物を摂取後、歯磨きを遅らせた場合と、すぐに歯磨きをした場合とを比較した科学的研究またはシステマティックレビューには、どのようなものがあるか?」というものです。日本でも度々トピックになりますね。酸蝕症のリスクが高い患者には、酸性の飲食物を摂取後30分は歯を磨かないように指導する歯科医療従事者もいるでしょう。 どのような検索ワードで文献をサーチしたのかが明記されています。これはとても重要な点です。なぜなら、検索過程の記録が残されていないと、チェリーピッキング(数多くの論文の中から好みの論文のみを選び、それと矛盾する論文を隠したり無視したりすること)が疑われるからです。近年は、ほとんどのガイドライン、推奨、勧告、統一見解レポートなどにはこのような検索ストラテジーとヒットした論文数が明記されています。これが明記されていない場合は、まずチェリーピッキングであると思っていいでしょう。 その検索ストラテジーを2019/09/24に実践した結果、Medline で700篇、Embase で848篇、Cochrane Library で115篇が最終的にヒットしました。さて、上述の臨床疑問に対する答えは、前向きの臨床研究に基づいたシステマティックレビューは見つかりませんでした。 酸性の飲食物を摂取後の歯磨きのタイミングと酸蝕症との関連性を調査した症例対照研究が1つありました [1]。 in vitroと in situ の研究をまとめたシステマティックレビューも1篇ありました [2]。 そのシステマティックレビューに含まれた論文は6篇で、それ以外に関連する in vitro 論文が1篇見つかりました [3]。 上述の臨床疑問が求めていたシステマティックレビューは、どのような結論を出しているかというと、酸性の飲食物を摂取後、歯磨きを遅らせた場合と、すぐに歯磨きをした場合に差は認められなかったそうです。in vivoの研究の結果が、特に、ランダム化比較試験での結果が待たれるところです。 参考文献 [1] O'Toole S, Bernabe E, Moazzez R, Bartlett D. Timing of dietary acid intake and erosive tooth wear: A case-control study. J Dent. 2017;56:99-104. Available from: https://doi.org/10.1016/j.jdent.2016.11.005. [2] Hong DW, Lin XJ, Wiegand A, Yu H. Does delayed toothbrushing after the consumption of erosive foodstuffs or beverages decrease erosive tooth wear? A systematic review and meta-analysis. Clin Oral Investig. 2020;24(12):4169-83. Available from: https://doi.org/10.1007/s00784-020-03614-9. [3] Soares GG, Magalhaes PA, Fonseca ABM, Tostes MA, Silva EMD, Coutinho TCL. Preventive Effect of CPP-ACPF Paste and Fluoride Toothpastes Against Erosion and Erosion Plus Abrasion In Vitro - A 3D Profilometric Analysis. Oral Health Prev Dent. 2017;15(3):269-77. Available from: https://doi.org/10.3290/j.ohpd.a38160.
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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