隣接面齲蝕病変に遭遇した時、修復介入すべきか、せざるべきか、意見が分かれるところです。 私の知る限りでは、日本人歯科医師と北欧の歯科医師とでは閾値がかなり違うようです。 隣接面に限らず、齲蝕病変に対していつ修復介入すべきかということについて、スウェーデン・マルメ大学歯学部カリオロジー講座のダン・エリクソン教授は、あるセミナーの中で次の4つの条件を示されました。 ⁃明らかに象牙質に進行している ⁃症状がある ⁃審美的に問題がある ⁃機能回復の必要があるエリクソン先生が作られた捻ったバーのピンバッジ。不必要な修復介入を禁ずる意味がある。 しかし、これが隣接面齲蝕になると視診も触診も困難で、X線写真(特に咬翼法)に頼らざるを得ません。 では、X線写真での透過像がどこまで進んでいれば修復介入の対象になるのでしょうか? その参考になりそうな論文を紹介いたします。 2019年に Schwendicke らが出版した “When to intervene in the caries process? An expert Delphi consensus statement” というものです。 この論文の著者には19人も名前が連なっています。 その出身国も様々で、ドイツが多いものの、イタリア、英国、米国、香港、オーストラリア、ニュージーランド、スペイン、ブラジル、チリ、インド、フランスと多岐に渡り、明らかに国際的な専門家のコンセンサスを求めたものだとわかります。 タイトルにある “Delphi” とは「デルファイ法」と訳され、公式合意形成法の一つです。 専門家集団での意見をすり合わせるために確立された形式です。 最初に専門家集団にアンケートを配布して無記名で答えてもらいます。 そのアンケート結果は分析して、回答者に配布され、各自が自分と集団全体との意見の相違を知ることになります。 その結果を見て、回答者は自分の意見を修正してもよく、また回答を返します。 そうやって専門家らの一つのコンセンサスが形成されていくわけです。 欧州のカリオロジー学会(the European Organization for Caries Research (ORCA))と欧州歯科保存学会(the European Federation of Conservative Dentistry (EFCD))の会員を中心にして、他の地域の専門家も合わせて約20人が齲蝕病変の介入時期について、デルファイ法に参加しました。 永久歯の隣接面齲蝕については、以下のようなコンセンサスに到達しています。 非活動性病変か活動性病変化かでまず大きな分かれ目がある。 非活動性ならば、修復介入は行わない。 活動性病変ならば、修復介入を行う場合と行わない場合がある。 臨床的に齲窩があれば、原則として介入を行う。 臨床的に齲窩がなければ、修復介入は行わない。 しかし、通常、臨床的な齲窩の有無を判断することは困難なので、矯正のセパレーターを用いてある程度歯間離開して視診を容易にしたり、咬翼法を用いて齲窩が存在しているかおおよその確認をする。 X線診により、象牙質の1/2~内層2/3まで透過像が到達していると齲窩が有るとみなし、エナメル質に限局した透過像は、通常、齲窩は無いとみなす。 問題は象牙質外層1/3まで進んだ透過像で、齲窩が無い場合の方が多いため、介入しないことの方が望ましい。 患者のカリエスリスクを評価すべきで、リスクが改善できなければ修復対象となるかもしれない。 参考文献 Kakudate, N., Sumida, F., Matsumoto, Y., Manabe, K., Yokoyama, Y., Gilbert, G. H., & Gordan, V. V. (2012). Restorative treatment thresholds for proximal caries in dental PBRN. Journal of dental research, 91(12), 1202-1208. Schwendicke, F., Splieth, C., Breschi, L., Banerjee, A., Fontana, M., Paris, S., ... & Manton, D. J. (2019). When to intervene in the caries process? An expert Delphi consensus statement. Clinical oral investigations, 23, 3691-3703. Linstone, H. A., & Turoff, M. (Eds.). (1975). The delphi method (pp. 3-12). Reading, MA: Addison-Wesley. 吉田雅博. (2018). 診療ガイドライン推奨作成のための合意形成法―Delphi 法についての調査報告―. 東京女子医科大学雑誌, 88(Extra1), E35-E37. 本記事は、2023年1月29日の「日曜のフィーカ」の内容に基づいています。
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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