日本では人生を左右するほど重要視されているけれど、海外に行くと全く通用しないもの　―　それは「10代の頃に決まった偏差値」です。「偏差値」という指標は1957年、中学の理科教員だった桑田昭三氏によって開発されました。1960年代には日本の受験世界を席巻し、その頃、日本で生まれて育った私にとっては、「偏差値」は当たり前に存在していました。しかし、大学の教育学部で教育評価学という授業を受けて、その歴史や計算式など、「偏差値」の正体を詳しく学び、「偏差値」に一喜一憂していた過去の自分を反省しました。

「偏差値」＝（個人の得点－平均点）÷ 標準偏差 × 10 + 50

この式は、統計学でいうZ値（データが平均からどの程度離れているかを標準偏差の単位で表した値）を基にしています。Z値に10を掛けて50を足しているのは、受験生が直感的に理解しやすい形にするための工夫です。つまり、偏差値は、平均が50点、標準偏差が10点の正規分布に従うように変換された値です。標準偏差が10点ということは、約68%の受験生の偏差値が40点から60点の範囲に収まることを意味します。このことにより、得点の分布を100点満点のテスト感覚に近づけています。

これは人間の能力のごくごく一部を便宜的に表す指標で、その人のすべてを評価しているわけではないというのは、教育学の素養がある人ならば、当然知っていることだと思います。

ところが、私が教育学部から歯学部に3年次編入した時の編入生向けの入学式の学部長の祝辞は、「偏差値の低い大学から編入してきた人は苦労するから、頑張るように」というものでした。大学の学部長という立場の方ですら、出身大学の「偏差値」を、20〜30代になった編入生に当てはめて評価することに首を傾げました。同じ編入試験を通過した編入生なのに、何年も前のペーパー試験で決まった「偏差値」で、向けられる先入観が違うとは。。。

その後、私はスウェーデンやアイルランドに長く住むことになり、出身大学の「偏差値」は私を評価してもらう上で、全く意味をなさなくなりました。あるのはその場面場面で発揮する能力です。どんな能力が通用するのかというと、私が印象に残っているのは、コーヒータイムやパブでの仲間との会話で、帰りがけに洗練された知的なジョークで周りをドカンと笑わせて去ってくという、そんな能力です。人を笑わせる上に、時間も読まなければなりません。出身大学や偏差値よりも、ずっとその人の知的能力を多面的に表すような気がします。これを毎度、立ち去る時にされていた教授や友人の能力は総合的に文句なく優れていました。

アイルランドにいても、ある30代の日本人女性は、「10代の頃に決まった偏差値」に縛られていました。彼女の日本での出身高校のトップクラスの「偏差値」が初対面で告げられ、彼女にとって今でも重要な評価基準であり続けることに驚きを感じました。それは見知らぬ土地で拠り所がなく、ことばや文化の違いから、日本にいる時ほど自分の能力を発揮できない焦りや自信のなさの表れだったのかもしれません。

私は再び日本に戻り、また「偏差値」が日常に表れ始めました。「偏差値」については国内で批判があるものの、いまだに「10代の頃に決まった偏差値」がしっかりと刻み込まれて、社会活動の中で人物評価に影響を与えている場面が多くあります。反対にこういう環境でも、出身校の「偏差値」の高さにあぐらをかいたり、低さに卑屈になったりせずに生涯研鑽し続け、自分も他人も「偏差値」の一指標で評価しない人に出会うと、その思慮深さにも感嘆します。つまり、「偏差値」そのものではなく、それを一つの指標として捉え、多様な能力を総合的に評価する姿勢こそが、真の知的能力の高さを映し出しているのではないでしょうか。

本記事は、2021年12月19日の「日曜のフィーカ」 の内容に基づいています。

参考文献
「偏差値の生みの親・桑田昭三氏へのインタービュー」インタビュアー：ニューフィールーズ・ティモシ、文：齋藤典子
https://teval.jalt.org/test/PDF/Kuwata-j.pdf