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5年で一人前の歯科医師を育てる北欧

5年で一人前の歯科医師を育てる北欧
5年で一人前の歯科医師を育てる北欧
北欧諸国の歯学教育は、約5年の学修期間で卒業と同時に臨床に立てることが特徴です。合理性と臨床能力重視の教育理念に基づき、短期間で独り立ちできる歯科医師を育てるための枠組みが整えられています。日本では6年の歯学部教育に加えて研修を経る義務があり、独り立ちまでに7年以上を要することから、北欧の仕組みは日本の教育者にとって新鮮に映る部分があるかもしれません。一方、北欧側から見れば、日本のように卒業後に専門医でもない研修期間を設ける考え方が興味深く映り、6年間の歯学部教育課程で何を教えているのか想像しにくいようです。制度の前提が異なるため、互いの方式がそのまま当てはまるわけではありませんが、背景を知ることで理解が深まります。こうした違いが生まれる要因として、いくつかの特徴を考察してみます。

まず、北欧の歯学教育では、基礎と臨床を強く統合したカリキュラムが基本となっています。1年目から患者と接する場面が組み込まれ、学修内容を臨床に直結させながら段階的に技能を獲得します。卒業時点で全員が臨床家として自立することを逆算してカリキュラムが組まれている点が特徴といえます。

学生が臨床現場を経験できるように、歯科保険制度の工夫もあります。学生診療は指導医の責任下で行われ、診療費は低く設定されているため、経済的に負担の軽い治療を希望する患者に受け入れられやすい仕組みです。もっとも、タイムパフォーマンスが叫ばれる昨今は、費用設定を通常の10分の1にしても学生診療の需要に追いつかなくなりつつあるとも聞きます。

日本の保険診療制度の場合、診療費の仕組みが異なるため、同じ手法がそのまま機能するとは限りません。しかも、通常の診療費そのものが北欧の7分の1ほどと低く設定されているため、たとえ学生診療に価格差をつけても患者行動への影響は限定的かもしれません。

それから、北欧諸国では、日本のような歯科医師国家試験を実施しておらず、大学教育そのものが資格取得の根幹を担っています。卒業時点で一定の臨床能力が保証されるよう、教育内容の標準化と評価の継続的な見直しが重視されています。大学間で講座代表者が毎年集まる場があり、カリキュラムの調整を行う仕組みが存在しています。

一方、日本では歯科医師国家試験が卒業時の大きな目標となるため、教育の方向性に自然と特色が生まれます。近年の合格率低下によって、大学として国家試験の結果を重視せざるを得ない状況も背景にあるでしょう。歯科医師としての技量ではなく、マークシート方式のペーパー試験に受かることが歯科医師になる前提条件ですから、大学の教育責任を果たす努力は、各校でそこにフォーカスが当たっていると理解できます。

気候が厳しく人口の少ない北欧社会には、限られた資源を有効活用し、効果を最大化するという考え方が広く共有されています。行政、医療、教育などの領域で合理性が徹底されているのはその表れです。そのことが一人当たりGDPの高さにも結びついています。税負担の大きさもあり、社会からの説明責任が強く求められるため、教育制度にも効率性が反映されやすいのでしょう。

一般的に日本人は、手先が器用で丁寧な作業を行うことで高い評価を受けています。臨床研修制度、保険診療の枠組み、国家試験制度など、現在の形に至った理由も明確に存在しますが、そのうえで、制度の見直しや教育と臨床の統合がさらに進むことで、日本の学生がより早期に臨床能力を高められる可能性は十分にあると思われます。6年間の教育費が公費によって支えられていることを踏まえ、社会が求める歯科医師像をどのように育てていくかは、今後ますます重要になるでしょう。世界の多様な教育制度を参照しながら議論を深めていくことは、日本の歯科界の発展に寄与するはずです。


著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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