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再びノーベル賞博物館へ

再びノーベル賞博物館へ
再びノーベル賞博物館へ
2019年に執筆した「ノーベル賞の思い出」では、2000年12月10日の授賞式への招待、そして2016年12月10日に徳島大学名誉教授の西野瑞穗先生とストックホルムで過ごしたことを振り返りました。2025年の同じ日、私は再びノーベル賞博物館を訪れることにしました。医療従事者にとって、この賞には特別な重みがあり、何度も訪れたい場所です。

博物館の前には、2016年の来訪時と同じく、小規模ながら温かみのあるクリスマスマーケットが開かれていました。朱色に彩られた木製の屋台(写真1)が並び、お土産物を選ぶさまざまな国の観光客で賑わっていました。今回は、ここでは見るだけにして、館内ショップでメダル型のチョコレート(写真2)をお土産にすることにしました。山中伸弥先生がお土産に1,000個買われたというエピソードが残るものです。

〈写真1〉

〈写真2〉

館内に入ると、展示構成には変化が見られました。2016年よりもやや小さな部屋で授賞式のライブ中継がセッティングされていて、オスロで行われる平和賞の授賞式が始まろうとしていました(写真3)。まだ数人しか観客が入っていないその部屋の見やすい場所に座り、私の携帯電話がうまくつながらないというハプニングを解決するべく、一人で格闘していました。

〈写真3〉

平和賞が終わって数時間するとストックホルムで行われる他の賞の授賞式が始まります。まだ携帯電話と格闘しながらそこに座り続けていると、後ろの方から日本語がよく聞こえるようになりました。今年は日本人受賞者が2名いたこともあり、某全国紙の記者が、日本と電話で連絡を取っている会話が耳に入ってきました。受賞者の関係者も日本から来ているようで、記者は観客席に座る関係者と思しき日本人に取材許可を得ていました。その場では日本語、しかもアカデミック用語が飛び交っていました。

中には小さな子どもさんもいて、最前列のスウェーデン人らしき人が席を譲ってあげていました。はるばる北欧までノーベル賞博物館を見に来られたことは、一生の思い出になるだろうなあと思います。授賞式が始まると、動画や写真を撮る日本人がどんどん増えて、後ろには大勢の人だかりができ、立ち見でスクリーンを見ていました。画面に日本人の受賞者や式の出席者が映ると、一斉にカメラが向けられていました(写真4)。

〈写真4〉

展示の目立つところには、今年の受賞者が博物館に寄贈した、研究や発明にちなんだ記念品が飾られています。特に印象的だったのは、坂口志文先生が寄贈された「はたらく細胞」のマンガで、その作者による祝賀イラストも飾られていました(写真5)。坂口先生が発見された「制御性T細胞」について、「はたらく細胞」でも正確に描かれており、子どもから大人まで一般の人々がその存在を知ることになったそうです。日本発のポップカルチャーがここに飾られるというのは、歴代の受賞者の研究内容を分かりやすく展示しているノーベル賞博物館にふさわしいと感じました。

〈写真5〉

「制御性T細胞」は歯科分野にも関係が深く、特に歯周病や口腔がんの治療・予防に寄与することが期待されています。

Zhang, Y., Guo, J. and Jia, R., 2021. Treg: a promising immunotherapeutic target in oral diseases. Frontiers in Immunology, 12, p.667862.

それ以外に今回は、アルフレッド・ノーベルの生涯を紹介する展示コーナーを、時間をかけてじっくりと観覧しました(写真6)。アルフレッドはストックホルム生まれで、8人兄弟の3番目だったそうです。貧しかった一家はロシアに移住しますが、その後父親が成功し、アルフレッドには家庭教師がつけられました。特に化学を好み、それが後の数多くの特許取得につながります。よく知られているように、ダイナマイトの発明によって巨万の富を得ますが、子どもがいなかったため、遺産の80%をノーベル賞の設立に託しました。彼の先見性、科学技術への貢献、そして何よりもノーベル賞という制度を構想し実現したその業績には、ただ感嘆するばかりです。これほど長きにわたり、世界最高峰の知的成果を盛大に称え続けてきた賞は他にないでしょう。実際、受賞者のインタビュー映像の中でも、「このような賞は他に存在しない」という言葉が語られていました。

〈写真6〉

博物館を後にしてホテルへ戻り、夜中まで晩餐会のテレビ中継を視聴しました。番組内では会場の様子や料理の内容、華やかなドレスまで丁寧に解説され、素晴らしい音楽のパフォーマンスも楽しむことができました。晩餐会での受賞者のスピーチには随所にユーモアが織り込まれ、会場の空気が和むのが画面越しにも感じられました。中継の最後はダンスの場面で締めくくられ(写真7)、放送が終了したのは真夜中でした。放送が終わっても晩餐会でのダンスは続いています。ふと、25年前、授賞式の夜に私を探して、中継番組の最後まで見てくださっていた指導教授、ダグラス・ブラッタール先生の姿が思い浮かび、感慨深くなりました。

〈写真7〉

ストックホルムでは、ノーベル賞週間として数々のイベントも催されていました。この特別な日に、この特別な地を訪れるという旅行は、師走の忙しく寒い季節ではありますが、強くお勧めいたします。


著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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