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キシリトール研究のメッカ、トゥルク大学を訪問

キシリトール研究のメッカ、トゥルク大学を訪問
キシリトール研究のメッカ、トゥルク大学を訪問
2026年1月7日にフィンランド南西部の都市トゥルク(Turku)にある私立歯科医院について報告しましたが、同じ日に、キシリトール研究の発祥地として有名なトゥルク大学歯学部を訪問する機会もいただきました。キシリトールは代替甘味料として特別な知名度と人気がありますが、その背景に、産学が連携した意欲的な研究プロジェクトがあったことを知り、予防歯科の世界に与えたインパクトの大きさに惹かれて約30年前から訪ねてみたいと思っていた憧れの大学でした。どのような風土の中でこのプロジェクトは生まれたのでしょうか。

まず、トゥルク市についてご説明しましょう。人口約20万人を抱えるフィンランド第5の都市です。1812年まではフィンランドの首都であり、フィンランド最古の都市としての歴史を持つので、さながら日本の京都や奈良のような位置付けでしょうか。市内を流れるアウラ川沿いにはお洒落なレストランやカフェが並び、夏には多くの市民がテラス席で過ごす姿が見られるそうです。これもまるで京都の鴨川のようです。そして、石畳の旧市街と近代的なビルが隣り合わせに存在するコントラストも趣がありました。下の写真は冷蔵庫の扉などに貼り付けるトゥルク市のご当地マグネットですが、白と黒だけで描かれた無駄のない控え目なデザインがフィンランドらしいです(写真1)。

<写真1>トゥルク市のシンボル、アウラ川やトゥルク大聖堂が描かれるご当地マグネット

フィンランド最初の大学(the Royal Academy of Turku)は1640年にトゥルク市に創立されましたが、1827年のトゥルク大火の後、ヘルシンキに移転しました。トゥルク大学(University of Turku)は、1920年に創立されたフィンランド語を教授言語とする世界初の大学です。現在、8つの学部と4つの独立研究機関を有し、3つのキャンパスに21,000人の学生が在籍しているそうです。

そのうち、歯学部は円形を基調とした独特の建物の中にあります。建物の中心には、各フロアをつなぐ螺旋階段がそびえており、見上げると幾重にもカーブが重なる印象的な光景が広がります(写真2)。その周囲を囲むように患者の待合スペースが設けられており、自然光が差し込む円形のロビーはゆったりとした空気感をたたえていました。そして待合室の壁には、歴代のPhD課程修了者のPhD論文集と本人の顔写真が額に入れてずらりと並んでいます(写真3)。研究の積み重ねを来訪者や患者に向けて示すこの展示は、トゥルク大学が長い研究の歴史をいかに誇りに思っているかを物語るものであり、一枚一枚に見入ってしまいました(写真4)。

<写真2>建物の中心部に位置する螺旋階段

<写真3>円形の待合室と歴代PhD論文の展示物

<写真4>PhD論文の展示物の近影

円形という構造は、美しさだけでなく機能面でも大きな利点をもたらしているそうです。各講座・診療科が中心から放射状に配置されているため、部門間で患者、スタッフ、学生が行き来しやすい動線になっているとのことです。異なる専門領域の研究者が自然と顔を合わせやすい環境が、学際的な研究文化の醸成にも一役買っているのかもしれません。一方で、コロナ禍においては一体的につながっているこの構造が悩みの種にもなったと聞きました。ゾーン分けや動線の分離など感染症対策には工夫を要したとのことです。

会議室のすぐ横には、歯科の歴史を物語るコーナーがあり、貴重な昔のデンタルチェアなどが展示されていました(写真5)。さらに、長年使い込まれた椅子が並んでいました(写真6)。表面に刻まれた無数の傷や擦れが、多くの議論がここで交わされてきたことを雄弁に語っています。著名な研究者たちが腰を下ろしてきたその椅子を前に、歴史の重みをしみじみと感じました。

<写真5>会議室横に展示された昔のデンタルチェアと歯科治療を描いた古い版画

<写真6>無数の議論を見届けてきた会議室の椅子

同じ空間に、「トゥルク大学から最初に卒業した歯科医師たち 1963年5月21日」とフィンランド語で説明が書かれた集合写真もありました(写真7)。一人ひとりの氏名も記されています。ここからこの歯学部が始まったということを大切にしているスピリットが感じられます。卒業生は合計25名で、そのうち女性は16名と、実に7割近くを占め、同じ時代の日本との違いに驚きました。

<写真7>歯学部1期生の集合写真

北欧の他の歯学部と同様、建物の老朽化への対応と研究・教育環境のさらなる充実を目的として、この特徴的な校舎も、新校舎にその役割を渡すそうです。最新設備を備えた新棟が研究・教育の中心となる一方、この円形の旧棟は取り壊されることなく、歯科医学の歴史を伝える博物館として生まれ変わる計画とのことです。

歯科の世界でこの大学の名前を不朽のものにしたのが、パノラマX線写真(オルソパントモグラフ)の発明と、キシリトールを世に知らしめた「トゥルク砂糖研究(Turku Sugar Studies)」です。前者はフィンランドの歯科医 Yrjö V. Paatero で、主な研究活動はヘルシンキ大学でした。ただし、その業績が国際的に高く評価されたことで、1961年にトゥルク大学歯学部歯科放射線学の教授職に就き、トゥルク大学歯学部の歴史とも深く結びついています(写真8)。後者は1970年代に Kauko K. Makinen (写真9)が先導して、キシリトールの非う蝕原性を臨床データで示し、世界的な注目を集めました。日本でも Makinen 教授がキシリトールチューイングガムのTVコマーシャルに出られて、一般の人にもよく知られるようになりました。現在でも毎年、日本からの歯科医師向けにセミナーを開いていらっしゃるそうです。

<写真8>カフェテリアの横に展示されていたオルソパントモグラフの研究資料

<写真9>歴代学部長の写真の中にKauko K. Makinen教授も並ぶ(左から3番目)

雪に静まり返った古都トゥルクの片隅に、独特の円形建築がたたずむ歯学部。その内には半世紀以上にわたる研究の歴史が隅々まで息づいていました。他に類を見ないこのユニークな空間の中で育まれた頭脳集団が、キシリトール研究をはじめとする世界的な成果を生み出してきたことは、決して偶然ではないように思われました。

今回の訪問で、歯学部内を案内してくださったProfessor Pekka Vallittu 教授と Vuokko Loimaranta 先生、この訪問をアレンジしてくださった Matti Markkula 氏に心から感謝申し上げます。

参考文献
Turku | Finnish City, Baltic Sea, Medieval Capital | Britannica. 
https://www.britannica.com/place/Turku

History of the University of Turku. https://www.utu.fi/en/university/history

Dental panoramic radiography - A Finnish invention - Object of the Month - Helsinki University Museum Flame. https://blogs.helsinki.fi/hum-object-of-the-month/2022/08/29/dental-panoramic-radiography-a-finnish-invention/

Scheinin, A. and M?kinen, K.K., 1976. Turku sugar studies: An overview. Acta Odontologica Scandinavica, 34(6), pp.405-408.

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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