社会全体や国家衰退にも影響を及ぼす感染症 感染症は単なる病気ではなく、社会全体を揺るがし、歴史の流れそのものを変えてきました。その流行は規模によって、地域的な「エンデミック」、広域的な「エピデミック」、世界的な「パンデミック」に分類されます。また、感染症は死への恐怖や人々の分断を生み、社会の価値観や構造を揺さぶり、ときに国家の衰退をも引き起こしてきました。 新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック COVID-19の世界的流行は、現代社会に感染症の脅威をあらためて突きつけました。2023年10月時点で世界の感染者数は約7億人弱、死亡者数は約700万人弱と報告されています。人類史を振り返れば、有史以前から現在に至るまで、感染症はつねに人類の健康と社会を脅かし続けてきました。 史上最大の感染症:ペスト ペストは史上最大規模の感染症であり、少なくとも三度の大流行を引き起こしました(表1)。天然痘の歴史 天然痘は古代から高い致死率をもち、周期的に世界各地で猛威を振るってきました。最古の患者さんは、古代エジプト第20王朝のファラオ・ラムセス5世とされ、ミイラの頭部には痘疱が確認されています。165年にはローマ軍の遠征を契機に大流行が起こり、ローマ帝国衰退の一因となりました。 大航海時代と感染症 感染症は、人の移動によって国境を越えて拡散させます。その典型が15世紀から17世紀にかけての大航海時代に見られます。コロンブスのアメリカ大陸発見は、ヨーロッパから見ると英雄伝説として伝えられていますが、ヨーロッパ人の侵入によって先住民に天然痘、麻疹、ペスト、マラリアなどの感染症をもたらし、多くの人々を死に追いやりました。 たとえば、メキシコでは新大陸発見以前3,000万人だった人口が16世紀中ごろには300万人、17世紀はじめには160万人に減少しています。エスパニョーラ島では、1492年に数百万人規模の人口が1535年にほぼゼロになっています。また、アステカ帝国やインカ帝国の滅亡も、スペインの侵略とともに持ち込まれた感染症が大きな要因でした。 一方、侵略者たちが梅毒をヨーロッパに持ち帰ったという有力な説があります。梅毒は1494年、フランス王シャルル8世のナポリ遠征中に軍隊で発生し、ヨーロッパ全土に急速に広がりました。 コレラの周期的流行 コレラは1817年にインドで発生し、産業革命による人と物の移動拡大にともなう都市化を背景に世界へ広がりました。不衛生な水環境が感染拡大の温床となったことから、上下水道整備や検疫制度の確立が進みましたが、現在も第7次流行が続いています。 インフルエンザ(スペイン風邪)のパンデミック 1918年、第一次世界大戦末期に発生したスペイン風邪は、世界で5,000万人以上の命を奪いました。日本でも約2,000万人が感染し、約40万人が死亡しました。戦争を上回る死者を出したこの感染症は、「見えない敵」の脅威を人類に強く印象づけました。 日本の歴史と感染症 日本で流行した感染症(表2)は、政治や社会の転換点を形づくってきました(図1)。
現代:新興感染症と再興感染症 近年、新型インフルエンザをはじめとする新興感染症が増加しています。1981年に報告されたエイズ(後天性免疫不全症候群 HIV/AIDS)は20年間で6,500万人が感染し、2,500万人が死亡しました。SARS(重症急性呼吸器症候群)、エボラ出血熱、MERS(中東呼吸器症候群)、ラッサ熱、鳥インフルエンザ、腸管出血性大腸菌感染症なども新興感染症です。また、結核やマラリアのように一度抑制された感染症が再び流行する再興感染症も問題となっています。さらに、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)など薬剤耐性菌の出現も深刻な脅威です。
図1 江戸末期、種痘接種が各藩を中心に行われていきました(生成AIにて画像作成)。
著者白砂 兼光
九州大学名誉教授
略歴
- 1970年 大阪歯科大学卒業。大阪大学歯学部第1口腔外科に入局。
- 1981年 大阪大学歯学部附属病院講師
- 1982年 西ドイツビュルツブルグ大学助手
- 1987年 大阪大学歯学部第1口腔外科助教授
- 1995年 九州大学第2口腔外科教授
- 2000年 九州大学大学院教授
- 2009年~2011年 広島大学大学院特任教授(医歯薬研究科)
- 2009年 九州大学名誉教授
- 日本口腔科学会名誉会員 元副理事長
- 日本口腔外科学会名誉会員
- 日本頭頸部癌学会 元理事
- 口腔顔面神経機能学会 元理事長
主な著作 『口腔外科学』(医歯薬出版株式会社)
所属団体















