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歯科医師の日常
シーズン2:講義

2020/8/13 デンタル〇〇デザイン

8月、梅雨の長雨を忘れさせるような夏の日差しが降り注いでいる。毎夏、「緑は日射の遮断や蒸発散作用などにより気温の上昇を抑える」の言葉を肌で感じていると、朝夕の木々への水やりがより丹念なものとなってきた。一日中炎天下にたたずむ緑からのSOSサインだけは見逃さないよう、注意深く作業を進めていく。

ある朝、蝉の声と葉を濡らす水の音に混じり、コツコツという小さな音に気づいた。音の方向に目をやると、幹をくちばしで突いては上下するコゲラの姿、そしてその周囲の枝々を、シジュウカラ、メジロの群れが飛交っていた。緑の空間が広がると、多くの種類の鳥たちを呼び寄せるようになり、それを眺めるひと時は、暑い夏の日の始まりに安堵の時をもたらす。一方、熱気の充満した夕刻での水やりは、診療後の心身には堪えるものになることも多い。

その日も診療を終えると、夕日を背に慣れた手順で水やりを始めた。腰に携帯蚊取り器を付け首にタオルを巻き、散水ホースを操る姿を風景にすっかり溶け込んでいると指摘する人も多い。四半世紀の時がそうさせたのだろう。ホースを巻き終えた頃には夕闇が訪れ、東の山際に月が姿を現していた。闇の中で、流れる汗をタオルで拭っていると、ふと大学院・大学勤務時代のことが思い起こされた。

デジタル世代の諸氏には、30年前のアナログ時代の話は想像ができないだろう。今はPC で簡単にスライドが作成でき、ミスが見つかっても一瞬にして訂正できるが、あの時代はスライド1枚作成するのもかなり骨の折れる仕事だった。私が在籍していた講座では、教授の意向もあり、学会発表や講義で使う35mmスライドには白黒リバーサルフィルムが採用されていた。たとえば学会発表時には、まずレタリングシートなどを使用し、スライドの原図を作る。その労力もなかなかのもので、原図の誤りを念入りに確認していても、スライドができあがった後にミスが発見されると、絶望感に襲われたものだった。撮影室には熱を発散する撮影用ライトがあるため夏には特に過酷な作業で、しかも現像時には全暗室にこもることになり、闇の中で汗と格闘することになっていた。木々の姿が浮かぶ闇の中で、タオルで汗を拭っていると、その頃嗅いでいた現像液の臭いや当時の大学での生活のこともよみがえってきた。

大学院に進学し医局に席を置くと、大学生時代に勤勉ではなかった私には驚かされることはたくさんあり、そのひとつが講義や学生実習の準備だった。講義前日あるいは当日の早朝、教授室でスライドファイルを見上げ講義の準備をしている教授の後ろ姿を開いたドア越しに見ながら、大学生時代に眠そうに講義室に座っていた自分を思い出しては反省した。いまだに教授のその姿を思い出す時がある。教授は講義毎にファイルにマウントされたスライドに目を通し、新しいスライドが必要な場合は、新人医局員を呼び作成を依頼し、それに併せて配布するプリントも少しずつバージョンアップした。学生実習では担当主任を中心に綿密な打ち合わせや準備が行われていた。そのような状況を知ってからは大学の講義に対する印象が大きく変わったのだった。

新型コロナウイルス感染症拡大の状況に対応しながら、インターネットを活用した遠隔講義が増えていると聞く。昨今Web会議にも参加する私だが、大学の講義が遠隔で行われるということに、イメージが追いついていかない。遠隔講義のさまざまな利点や課題はこれから浮かび上がってくるとはいわれているが、階段教室で行われる講義には、独特の雰囲気とやり取りなどがあり、私にとっては大学生になったことを初めて実感できた場であった。

40年前、私は階段教室の最前列の窓際を指定席としていた。残念ながら熱心に講義を聞くためにその場所を陣取るような立派な学生ではなく、窓際で光が差し、街並みと原爆に耐えた大きなクスノキが見下ろせて、なにより教官の目に案外止まりにくいということが選択理由だったわけである。当時歯学部はまだ創世記にあったが、医学部の先生方も多く講義に来られていて、カリキュラムは充実していたように思う。今になってあの居心地の良かった席に座る自分の姿を思い浮かべると、もう一度聞いてみたい講義がたくさんあり、タイムスリップできるのならば、呑気だった大学生の自分に一声かけるのにと悔やむことも少なくない。

先日、新聞の「コロナ研究 長崎大学に拠点」という見出しが目に止まった。そこでまた、長崎大学熱帯医療研究所の先生方が担当していた講義を、あの席でぼんやりと聞く学生だった自分の姿を浮かべて深く悔いたのだった。