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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:シロチドリⅡ

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:シロチドリⅡ
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:シロチドリⅡ
5月のゴールデンウィーク、人口約6000人の瀬戸内海に面した小さな町の父母ヶ浜に、連日10,000人を越える観光客が押し寄せたという現実を、異常だと思うのは私だけだろうか。

マスコミやSNSが発信する浜の美しい画像は、一瞬にして人々の目を惹きつける。その光景の中で一枚をと、小さなスポットに大人数が流れ込んでくるのだ。経済的な潤いは地元住民にとっては無縁であるが、観光客目当ての店や宿泊施設などが作られ、行政や経営者たちは、さらなる集客を求めてあの手この手の案を練る。

浜へと続く道路の両側には、レジ袋に入ったポイ捨てゴミが増え、それを見かけるたびに眉をひそめることが増えている。この騒動を冷静な目で観察している人たちは、町に漂う望まない変化を感じ取っているはずだ。

ゴールデンウィーク前半は天気に恵まれなかったが、浜の周辺の駐車場は車であふれていた。「灰色の雲の下で何を見にくるのか」と呟きながら、「旅行の日程の変更は難しい」「とにかく目的のスポットに足を踏み入れたという既成事実が必要なのだろう」と結論づけた。

日差しが眩しくなった後半の早朝、いつものようにゴミ袋とゴミ拾い用トングを持ち、浜に立った。通常、この時間帯には目に留まることのない人影も少なくなく、潮溜まりの前で何やら大声を出しながら、お決まりのポーズで写真を撮っていた。

私はハマゴウやコウボウムギなどの海浜植物の群生からは少し距離をとりながら、北に向かって歩いていった。ところが前日の朝まで聞こえていた「ピルルル」「ピイユピイユ」という鳴き声が聞こえない。これは絶滅危惧種であるシロチドリ※が、4月から7月までこの群生の中で抱卵、子育てをしながら警戒を伝える鳴き声である。

巣があるだろうと予測していた辺りを注視すると、枯れ笹の付いた竹棒が2本立てられている。最悪の状況を危惧しながらゆっくり近づいていくと、浅い砂の窪みに作られた巣の中には卵が3個残っていて、親鳥が巣に出入りしていることを示す小さな足跡の帯が認められない。

周辺には多数の人の足跡と、犬の足跡が残っており、きっと親鳥は危険を感じて巣を放棄したにちがいない。何ともいえない感情が湧き上がってきた。すぐに親鳥はどこにいったのだろうと、砂紋の広がる干潟全体を注意深く、確認していく。ゆっくりと波際方向に歩いていくと、少し離れた場所にあるカニの作った砂団子の小さな山に寄り添うようにうずくまる親鳥らしいシロチドリの姿が目に飛び込んできた。シロチドリたちは、私が生まれるずっと前からこの浜で命を繋いできたという事実を思うと、その姿がいっそう悲しく映る。

親鳥を遠巻きにしながらゴミ拾いを続けていると、観光客らしき女性が大きな2匹の犬に引かれるように砂浜に入ってきた。挨拶をしながら接近し、今の時期はシロチドリが繁殖期であること、海浜植物の群生やその近辺には犬を近づけないでほしいことを伝え始めた。ところが残念ながら「シロチドリ」という言葉はもちろん「チドリ」と言っても、意味が通じない。仕方ないので「あの植物が生えているあたりは、貴重な鳥が卵を抱えているので、人はもちろん犬も近づかないでほしい」というと、ようやく理解できたようだった。さらには、続け様に犬を連れた観光客が足を踏み入れてくる。「ドッグランでもなかろうに」と思いながら呼び止め、同じような説明を繰り返した。

自宅に帰ると、あの親鳥の姿を思い浮かべながら、大学の獣医学部の先生に状況を伝え、何度も助言のメールが届くと、ことの重大さがわかる人の存在に、怒りと悲しみは少し薄らいだように感じられた。淡路島で継続されているシロチドリを守る活動について書かれた本を読み、県の担当課にも手紙を書いた。休み明けには対応の状況について知らせを受けたが、残念ながら私が十分だと思うような策は講じられていない。

父母ヶ浜は、企業や自治体などが生物多様性を維持・回復・創出する区域である「自然共生サイト」に昨年認定されている。特徴的な生態系が存する場としての価値、在来種を中心とした多様な動植物種からなる健全な生態系が存する場としての価値を認めているならば、そこに生き続けてきた動植物の生態を詳しく知るべきである。わずか数日間の調査では、四季をつうじた命の営みなど知ることは難しい。足しげく通っているものだけが知っている真実がたくさんある。

休み明けに、スタッフや患者さんにこの出来事をそれとなく伝えても、期待するような反応はほとんど見られない。その時ある先達から「そもそも、生物について語りあえる家族は珍しい」と指摘されたことを思い出し、そのことを再認識した。

しかし考えてほしい。私たちは地球という船に、多種多様な生物とともに生きている。その同乗者について知りたいと思うのは当然ではないだろうか。

昨年末刊行された拙著のエッセイ集にサインを頼まれると、「We belong to the Earth」と書くことにしている。私たちは地球に生きる一員でしかない。地球号のこと、同乗者のことを気にかけるのは、ごく当然のことと思うのだが……。

※「シロチドリ」は『父母ヶ浜2000日 花と自然を愛する歯科医師の足跡』(クインテッセンス出版)に掲載。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『父母ヶ浜2000日』(近著)をはじめ『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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