連載にあたって
東京科学大学で歯科公衆衛生学の研究に携わっている歯科医師の松山祐輔と申します。本連載では、主に歯科医師になりたての先生方に向けて、私が専門としている歯科公衆衛生学について全6回にわたり解説します。 読者の多くの先生方は、臨床で患者さんの診療に携わっているかと思います。歯科公衆衛生学の分野では、患者さん個人ではなく学校や地域といった集団を対象に、歯科疾患の予防や医療アクセス性の改善などの施策をつうじて、その集団の健康状態を改善することを目的とします。 本連載では、歯科疾患および人々の健康について考えるうえで、公衆衛生的な視点がなぜ重要か、病気が多い集団はどのような集団で、それにはどういった理由があるかなど、できるだけわかりやすく解説していきます。公衆衛生とは?
歯科疾患を患者さん個人ではなく、社会全体の問題として捉えるとどうなるでしょうか。何人の人にう蝕があり、どの年齢層や地域で多く、医療費はいくらかかるか、といったデータが重要になってきます。たとえば図1は、日本全国におけるう蝕のある3歳児の割合を示した地図です。このデータから、地方でう蝕が多いことがわかります。そして、この問題の原因はどこにあるか、解決するためには、限りある医療資源を「誰に」「どのように」使えばよいか、といった議論が必要になってきます。こういった問題の解決、改善方法を、ヒトを対象とした研究(疫学研究といいます)から明らかにすることを私は専門にしています。図1 日本全国におけるう蝕のある3歳児の割合(参考文献1を基に作成)。
公衆衛生を臨床にどう生かす?
このような公衆衛生の話を臨床にどう生かすことができるのか、疑問に思う方もいるかもしれません。しかし、日々の診療のなかで、口腔の状態が特に悪い患者さんや、口腔衛生習慣が良くなるようアドバイスしてもなかなか改善されない患者さんに出会ったことがあるのではないでしょうか。実は、人々の行動や健康状態は、患者さん個人の要因だけではなく、その人を取り巻く社会環境的要因の影響を強く受けることが、数々の公衆衛生の研究からわかっています。公衆衛生の視点をもって臨床に携わることで、より効果的なアプローチにつながるのではないかと、私は考えています。環境からのアプローチ
そして、個人の行動ではなく環境そのものを変えるような取り組みも、集団の健康向上には非常に大切です。本当に介入(治療や政策支援の対象となること)を必要としている不健康な人ほど、介入が届きにくいことが知られています。これは「逆転するケアの法則」とよばれています。身近な例でいうと、「口腔状態が悪いのになかなか受診してくれない患者さん」が想像できるのではないでしょうか。このような本当に治療や支援を必要している人に対しては、個人の行動変容を介さずに、自然と健康になれるような全体へのアプローチが効果的です。どのような環境であれば、誰ひとりとして取り残さず、できるだけ健康に生活できるかを考え、実践していくことも公衆衛生の目的です。 この連載をつうじて、臨床とはまた違った視点から歯科疾患を捉える、歯科公衆衛生学の面白さが伝われば幸いです。 参考文献 1.厚生労働省.令和3年度地域保健・健康増進事業報告地域保健編第3章市区町村編. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450025&tstat=000001030884&cycle=8&tclass1=000001203260&tclass2=000001203261&tclass3=000001203264&stat_infid=000040038044&tclass4val=0 (2026年7月7日アクセス)
著者松山 祐輔
東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
略歴
- 2012年 東北大学歯学部卒業
- 2017年 東北大学大学院歯学研究科博士課程を修了し博士(歯学)を取得、東京医科歯科大学・日本学術振興会特別研究員(PD)、ラドバウド大学客員研究員
- 2018年 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン客員研究員
- 2019年 東京医科歯科大学国際健康推進医学分野助教
- 2024年 東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
- 日本口腔衛生学会
- 日本公衆衛生学会
- 国際歯科学会 (International Association for Dental Research)
- 日本疫学会














