予防医学のパラドックスとは
今回は、公衆衛生学において非常に大切な考え方である「予防医学のパラドックス」および「ハイリスクアプローチ」と「ポピュレーションアプローチ」について紹介します。 病気の多くはハイリスクではない集団から発生しており、この集団も含めた対策を行わないと効果的な予防ができないということを「予防医学のパラドックス」といいます。 この概念は歯科疾患によく当てはまります。図1、2はこのパラドックスを、小学生のう蝕を対象に実際に検証した研究結果です1。初回の調査(ベースライン調査)では、対象のうち3割の子どもにう蝕がみられました(図1)。しかし、その1年後の調査において、初回からの1年間に新たに発生したう蝕の合計本数の多くは、ベースライン調査時にう蝕がない7割の子どもから発生していました(図2)。う蝕を多くもつ子どもは確かにハイリスクで、その子どもへの対策は必要です。一方で、全体のう蝕を減らすには、ハイリスク群以外にも目を向けた対策が、同時に必要になることがわかります。![]()
図1 ベースライン調査時における小学生のう蝕経験歯数(DMFT)。 ベースライン調査時には、7割の子どもにう蝕がなかった(参考文献1を基に作成)。
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図2 ベースライン調査時から1年後の総う蝕発生本数。 新規う蝕は、ベースライン調査時にう蝕がなかった子どもから多く発生していることがわかる(参考文献1を基に作成)。
ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチとは
次に、「ハイリスクアプローチ」と「ポピュレーションアプローチ」について解説します。ハイリスクアプローチとは、病気のリスクが高い集団に限って対策をするアプローチです。一方、ポピュレーションアプローチとは、病気のリスクにかかわらず対策を行い、全体の健康度を底上げするアプローチです。病気の種類にもよりますが、う蝕のように多くの人が罹患する病気には、ポピュレーションアプローチが有効とされています。ポピュレーションアプローチの代表格「水道水フロリデーション」の効果
う蝕予防を目的としたポピュレーションアプローチの代表に「水道水フロリデーション」があります。これは、水道水中のフッ化物濃度を適切に調整することでう蝕を安全で効果的に予防する、優れた公衆衛生施策です。 ここで、私が海外の研究者と共同で実施した、水道水フロリデーションに関する研究結果をご紹介します2。この研究では、水道水フロリデーションがう蝕の健康格差を縮小するか、オーストラリアに住む子どものデータを用いて検証しました。たくさんの背景要因を機械学習で分析し、水道水フロリデーションのう蝕予防効果を推計しました。その結果、背景要因によって予防効果には差がみられ、社会経済的に不利な状況にある子どもほど予防効果が大きいことがわかりました(図3)。![]()
図3 オーストラリアにおける水道水フロリデーションのう蝕予防効果。 数値は予防された歯面数を示している。このデータから社会経済的に不利な子どもに対して、う蝕予防効果が高いことがわかる(参考文献2より作成)。
水道水フロリデーションは、う蝕になりにくくなるように環境を変えるアプローチであり、個人の行動変容を必要とせず、う蝕リスクの高い社会経済的に不利にある集団に対して大きな効果を発揮します。そのため、健康格差の縮小に至るのだと考えられます。さまざまなアプローチで口腔保健の質向上を目指す!
今回は、「予防医学のパラドックス」と「ハイリスクアプローチ」、「ポピュレーションアプローチ」について解説しました。「ハイリスクアプローチ」と「ポピュレーションアプローチ」は、どちらが優れているとか、どちらかだけで十分ということではありません。さまざまなアプローチを併用して、口腔保健の質を向上させることが大切であるといえるでしょう。 参考文献 1. Kusama T, Todoriki H, Osaka K, Aida J. Majority of New Onset of Dental Caries Occurred from Caries-Free Students: A Longitudinal Study in Primary School Students. Int J Environ Res Public Health. 2020 Nov 16;17(22):8476. 2. Matsuyama Y, Ha DH, Kiuchi S, Spencer AJ, Aida J, Do LG. Water fluoridation as a population strategy for reducing oral health inequalities: high-dimensional effect heterogeneity analysis using machine learning. Int J Epidemiol. 2025 Jun 11;54(4):dyaf080.
著者松山 祐輔
東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
略歴
- 2012年 東北大学歯学部卒業
- 2017年 東北大学大学院歯学研究科博士課程を修了し博士(歯学)を取得、東京医科歯科大学・日本学術振興会特別研究員(PD)、ラドバウド大学客員研究員
- 2018年 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン客員研究員
- 2019年 東京医科歯科大学国際健康推進医学分野助教
- 2024年 東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
- 日本口腔衛生学会
- 日本公衆衛生学会
- 国際歯科学会 (International Association for Dental Research)
- 日本疫学会














