世界の疾病負担研究
第2回となる今回は、歯科疾患の公衆衛生的な特徴について紹介します。読者の皆さんにいちばん押さえておいていただきたい大切な特徴として、歯科疾患はじつは、世界でもっとも多くの人が罹患している病気であるということが挙げられます。 図1は「世界の疾病負担研究」という、世界中で実施された研究報告を統合してさまざまな病気の健康負担を示した、世界的にも有名な研究1の結果です。ちなみに世界の疾病負担研究では、異なる疾患の影響を比較するために「障害調整生存年 (Disability Adjusted Life Years:DALYs)」という単一の値を計算し、疾患を横並びに比較しています。この指標は健康に過ごす1年を1 DALYとしたとき、どれくらいの年数がその疾患によって失われているかを示すものです。こういった、公衆衛生的な疾病負担をどうやって測るかという点についても、連載のなかでふれていきたいと考えています。図1 有病率が高い10の疾患。永久歯の未処置う蝕の有病率がもっとも高い(参考文献1を基に作成)。
う蝕がつくる大きな負担
図1をみると、さまざまな疾患のなかでも未治療のう蝕がもっとも多いことがわかります。多くの人が罹患することで医療費も膨大になり、直接的な歯科医療費は世界で3,870億ドル(およそ50兆円)、生産性の低下などの間接的な影響も合わせると、合計で7,000億ドル(およそ100兆円)の経済負担が生じていると推計されています2。う蝕や歯周病などの歯科疾患は、患者さん個人の生活の質に直結するだけでなく、多くの人が罹患することで社会全体にとって大きな負担となっているのです。本当にう蝕は多くの人が罹患するのか?
ここまで読んでいただき、「日本には国民皆保険制度もあるし、そんなことはないだろうと」感じた方もいるかもしれません。う蝕にかかる患者さんは最近では減少し、あまり見なくなったという声を聞いたことがある方もいると思います。前述したように、多くの人が罹患するという歯科疾患の特徴は、日本のう蝕にも当てはまるのでしょうか?図2 日本における12歳児の平均う蝕経験歯数(DMFT)の推移(参考文献3を基に作成)。 図2は、日本における子ども(12歳児)の平均う蝕経験歯数(DMFT)を示しています。確かに、以前に比べると子どものう蝕は減少していることがわかります。しかし、正しくデータを解釈できているでしょうか。最近のデータを違う角度から見てみましょう。
図3 小学生(6~12歳児)における病気や異常の割合(参考文献4を基に作成)。 図3は、2025年の学校保健統計調査から作成したグラフです。この図からは、ある一時点で見てみると、小学生のおよそ3人に1人はう蝕罹患経験があることがわかります。つまり、「う蝕は減っているが、最近でもまだ多くみられる」というのが正しいデータの解釈となります。疾病構造の経時的な変化に加えて、現在どういう状況にあるかを合わせて知っていただき、日々の診療に活かしていただければと思います。 参考文献 1.Marcenes W, Kassebaum NJ, Bernabé E, Flaxman A, Naghavi M, Lopez A, Murray CJ. Global burden of oral conditions in 1990-2010: a systematic analysis. J Dent Res. 2013 Jul;92(7):592-7. 2.Jevdjevic M, Listl S. Global, Regional, and Country-Level Economic Impacts of Oral Conditions in 2019. J Dent Res. 2025 Jan;104(1):17-21. 3.学校保健統計調査.政府の統計窓口(e-Stat). https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00400002&tstat=000001011648(2026年7月17日アクセス) 4.令和7年度学校保健統計調査.政府の統計窓口(e-Stat). https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00400002&tstat=000001011648&cycle=0&tclass1=000001240396&tclass2=000001240397&tclass3val=0(2026年7月17日アクセス)
著者松山 祐輔
東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
略歴
- 2012年 東北大学歯学部卒業
- 2017年 東北大学大学院歯学研究科博士課程を修了し博士(歯学)を取得、東京医科歯科大学・日本学術振興会特別研究員(PD)、ラドバウド大学客員研究員
- 2018年 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン客員研究員
- 2019年 東京医科歯科大学国際健康推進医学分野助教
- 2024年 東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
- 日本口腔衛生学会
- 日本公衆衛生学会
- 国際歯科学会 (International Association for Dental Research)
- 日本疫学会
















