病気がもたらす影響をどう測る?
最終回となる今回は、病気の影響をどのように測るかについて紹介します。 公衆衛生学では、限られた医療資源をどのように使うか、病気の優先度を議論する必要があります。そのようなとき、異なる病気の重要度をどのように比べるのでしょうか。疾病負担を表すバランスのとれた指標が必要
たとえば、第2回で紹介した世界の疾病負担研究では、さまざまな病気による障害の程度をdisability weightsとして定義し、それに罹患年数をかけ合わせることで障害調整生存年(Disability Adjusted Life Years,:DALYs)を算出しています。 図1は、世界保健機関(WHO)の報告にある歯科疾患の有病率と疾病負担を示しています。これらのデータからわかるように、歯科疾患の有病率はとても高い一方で、DALYsで定義した疾病負担はあまり高くないことがわかります。少し専門的になりますが、DALYsは死に至るような疾患で大きくなりやすいという特徴がある指標で、歯科疾患がもつ「死に至ることはまれだが生活の質に大きく影響する」という特徴をうまく捉えることができていないという限界が指摘されています。![]()
図1 代表的な慢性疾患の有病者数と疾病負担(参考文献1を基に作成)。
現在、歯科疾患の重要性を適切にデータへ反映させるために、口腔関連Quality of Life(QoL)の指標が複数開発されていますが、歯科疾患に特化しすぎると他の疾患との重要性が比較できなくなる問題もあり、バランスのとれた指標の開発が望まれています。歯科公衆衛生が担う役割
DALYsに似た指標として、質調整生存年(Quality Adjusted Life Years:QALYs)という指標もしばしば使われます。これは仮想的な「完全に健康な状態」で過ごす年数を表し、医療経済評価などにも使われます。 私が所属する研究チームが以前実施した研究では、米国の成人を対象にう蝕、歯周病、歯の喪失のそれぞれについて、QALYsの喪失がどの程度になるか推計しました。その結果、平均で1人あたり0.43 QALYsに相当する疾病負担があり、これは死亡を除く全疾患の5%に匹敵し、各ライフステージにおいて明確な健康格差も認められました。この研究では、う蝕などの歯科疾患を既存のQoL指標に統計的に置き換えて疾病負担を推定しています。一方で、既存の指標を用いた統計的なアプローチのみでは限界もあり、より正確に歯科疾患の疾病負担を把握するための指標開発が求められています。 このような研究や知見を積み重ね、口腔保健の重要性を示し、政策へと反映させていくことも歯科公衆衛生の役割です。連載を終えるにあたって
これまで6回にわたり、歯科公衆衛生学のトピックを紹介してきました。患者さん1人ひとりを相手にする日々の診療とは、視点が異なるところも多かったのではないかと思います。この連載を通じて、社会全体の口腔保健を考える歯科公衆衛生学のおもしろさが伝われば幸いです(了)。 文献 1. World Health Organization. Global Oral Health Status Report: Towards Universal Health Coverage for Oral Health By 2030(1st ed). 2022. 2. Matsuyama Y, Tsakos G, Listl S, Aida J, Watt RG. Impact of Dental Diseases on Quality-Adjusted Life Expectancy in US Adults. J Dent Res. 2019 May;98(5):510-6.
著者松山 祐輔
東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
略歴
- 2012年 東北大学歯学部卒業
- 2017年 東北大学大学院歯学研究科博士課程を修了し博士(歯学)を取得、東京医科歯科大学・日本学術振興会特別研究員(PD)、ラドバウド大学客員研究員
- 2018年 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン客員研究員
- 2019年 東京医科歯科大学国際健康推進医学分野助教
- 2024年 東京科学大学歯科公衆衛生学分野准教授
- 日本口腔衛生学会
- 日本公衆衛生学会
- 国際歯科学会 (International Association for Dental Research)
- 日本疫学会












