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「ヨーロッパの果て、アイルランドに住んでみて」Vol.5 6番がないアイルランド人

「ヨーロッパの果て、アイルランドに住んでみて」Vol.5  6番がないアイルランド人
「ヨーロッパの果て、アイルランドに住んでみて」Vol.5 6番がないアイルランド人
歯科関係者の皆さんもそうだと思いますが、私も人の顔を見る時に口元に注目したり、歯でその人を覚えていたりします。アイルランドに到着した時から、その職業病のために、前歯でも喪失を放置している人がいたり、歯並びが悪かったり、歯髄壊死の変色をそのままにしていたり、歯石が付いていたり、そういう口腔を目にして気になって仕方ありませんでした。アイルランドには歯科疾患実態調査のような調査がないので、正確なことは言えませんが、この印象から始まって、様々な経験を重ね合わせると、あまり良い口腔保健政策ではないようです。定期的に実態調査をしていないことから、現状も経年的変化を把握できていないのですから、口腔保健政策についても闇雲であることは容易に想像がつきます。


<アイルランドの国旗がなびく教会>

私がアイルランド人を対象に行った研究プロジェクトでは、メディカルカードという医療費が無料になる資格を持つ、低所得者の成人を診ていました。この被験者約200人の歯式を見て、多くの人に6番がないことに驚きました。社会的弱者は、口腔保健も悪いという関係がありますので、アイルランドの平均像ではないとは思います。それにしても、6番欠損でブリッジにもしていない、放置状態の歯式を次から次へと目にすることは異常な印象を受けました。


<アイルランドの牛の歯>

その研究プロジェクトで、口腔内診査のキャリブレーションの被験者がなかなか見つからず、コーク大学のスタッフになってもらいました。大学の職員ですから、この人たちは社会的弱者ではありませんし、医学系の研究所に勤めているくらいなので、健康に対する意識も高いはずです。しかし、50代前半のスタッフの6番も欠損でした。聞くと、「子どもの歯科治療にお金をかけて、自分は後回しなの。」と言っていました。


<コーク大学メインキャンパス>

小児歯科のほとんどの仕事は6番の抜歯という証言も、公立歯科診療所に勤務する歯科医師から聞きました。補綴や歯内療法が高価過ぎることが原因なのでしょう。日本はその点、安い保険診療のおかげで、齲蝕ができれば充填、補綴、歯内療法を経て、抜歯になります。しかし、終着点はどちらの国も同じく、ほとんどの高齢者が義歯装着者なのですから、アイルランドの方が無駄がないといえばないです。一人あたりGDPが、勤勉な日本より、のどかなアイルランドの方が上なのも、要領の良さなのかなと思ったりします。


<コーク市街地の虹>


次回に続く
「ヨーロッパの果て、アイルランドに住んでみて」Vol. 6研究プロジェクト秘話


著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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