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スウェーデンとアイルランドで学んだ人生の旅の終わり
Vol.1 最後までProfessorとして

2020/2/3 デンタル〇〇デザイン

通算で15年近くもヨーロッパで過ごすと、その間には大切な人たちとの永遠の別れもありました。自分自身、人生の折り返し地点を越えて、終着点について考えるようにもなりました。日本でも「終活」ということばが使われ始めてから、今まで何となくタブーだった最期について語ることにためらいがなくなってきたような気がします。そんなことを受けて、本連載では、4人の大切な人たちとの別れから学んだことをお話したいと思います。

【1】最後までProfessorとして

2001年にスウェーデンでの留学が終わってからも、私は毎年のようにスウェーデンの恩師を訪ね、ご指導をいただいていました。しかし、重い病気で手術をされた後しばらくして、スウェーデンに行っても全く会ってくださらなくなって、代わりに電話での長時間の会話が通例になりました。ある日、電話口から聞こえる声に勢いがなく、病状が相当悪いのだろうと私は動揺し、公衆電話にラップトップを置き忘れて大騒動になったこともありました。(スウェーデンではラップトップを置き忘れるとものの一分でなくなります。)先生にとって最後の夏、「スウェーデンに来ました」とメールすると、意外にも家に来るようにという返事がありました。 <その年の夏は、稀に見る素晴らしい夏でした> 何度もお邪魔したことのある馴染みのご自宅は様変わりし、玄関には車椅子用のスロープ、二階に続く階段には車椅子用のリフトが取り付けられていました。数年ぶりにお顔を直に見て、その変わり様に愕然としましたが、いつものように楽しい会話を交わしました。この先生とお話しすると、心が解放されて、何とも表現できない心地よい気持ちになります。旅程が許す限り通い、先生の昔話をたくさん聞かせていただいた、幸せな時間でした。 <スウェーデンの食材でお寿司を作って恩師のご自宅へ。日本の包丁に比べてキレが悪くて苦労しました!> 毎朝看護師さんがバイタルサインをチェックしに来られて、点滴を打つのですが、スボンのベルトで薬瓶を固定することを二人で"発明"したと誇らしげにおっしゃっていました。手首には時計のような装置をつけて、これを押すといつでも2人のヘルパーさんが来てくれるとのこと、その一部始終も実際に見せてくれました。介護チームには終末期のための臨床心理士もいて、一週間に一度か二度、家に来て話を聞いてくれるのだそうです。私が先生の昔話を聞いていると、ちょうどそのような感じで心が安らぐとおっしゃってくれました。 <ゲストが来ると連れて行ってくださった名所のルンド大学> 玄関のスロープから介護チームの派遣まで、すべて無料で賄われ、高い税金を払って余りある満足度を得ていることが十分に理解できました。ご家族もこのようなサービスのおかげで、日常的に仕事をされていました。予防歯科先進国だけでなく、最期まで各人の尊厳を守るという意味でも先進国です。本当に羨ましく思いました。 <その夏のターニング・トルソ(マルメ市のシンボル)> 亡くなられた後、先生は、親しい人にさえお見舞いを拒み、直に会おうとされなかったと周囲の人に聞きました。弱った姿を印象づけたくなかったのでしょう。それなのに、ホスピスに入る直前のあの時期に、私にご自宅に来るように言われたのは、スウェーデンからいろいろなことを学ぼうとしている私に、スウェーデンの高福祉の一端である自宅介護の実際を見せようとされたのだと思います。最後まで、教え子のことを思い、導いてくださる真のProfessorでした。 <恩師が眠るお墓> 次回に続く 「スウェーデンとアイルランドで学んだ人生の旅の終わり」
Vol. 2 スウェディッシュ・マザー