全部床義歯臨床の問題解決に必要な実践方法が詰め込まれた一冊
『鈴木哲也のよい義歯だめな義歯2 咬合採得と咬合調整で失敗しないためのコンプリートデンチャー4ステップ12ルール』
私たちはつねに研鑽する必要があるが、同時に客観性を欠く情報に振り回されないように注意しなければいけない。全部床義歯に関する学術においても同様であり、正しい知識が広まる一方で、独断的な主張や意見も少なくないようにも感じる。製作手法においては「誰でもできる、指示どおりやればうまくいく」といったようなパッケージ化されたものが目立つようになっており、臨床の現場において多くの術者が悩んでいることの裏返しであるように思われる。一方、臨床ではその状況においてケースバイケースで対応が求められ、むろんすべてが義歯新製となるわけでもない。適切に対応するには問題点を論理的に整理することが必要で、そのために迷いのない基本知識が大切である。
本書がテーマとしている咬合採得・咬合調整については教科書、学術書などを開いても知識を整理するのは容易ではなく、術者がとくに悩むところではないだろうか。もし臨床で必要なことが十分に網羅され、偏りのない参考書があったらとても魅力的なはずだ。本書は「復習編」「必修編」「基礎・学術編」「エキスパート編」に分かれて構成されており、必修編は「総義歯の咬合採得はなぜ間違えるのか」と臨床的なタイトルから始まる。無歯顎の咬合採得における避けられない誤差、口腔粘膜の被圧変位量などに起因する曖昧さなどをはっきりとわかりやすい解説で、その対応や考え方を含めて確認することができるのだが、この理解の大切さは臨床経験を積むほど感じるところである。ほかにも、目次となっている冒頭の4ページには臨床経験を積めば積むほど重要だと感じる内容、またこれから学ぼうとする先生が質問したい内容が読みたくなる切り口で項目となっていることがわかる。興味をもたれている方は、ぜひWebなどで確認していただきたい。
また本書は鈴木哲也先生に加えて、古屋純一先生が執筆されており、歯科訪問診療における義歯への対応、考え方についてまとめられている。このテーマについて全部床義歯のエキスパートが解説しているものは貴重であり、本書のコンセプトである「なぜそれがよくて、なぜそれがだめなのか」についてわかりやすくまとめられている。
私は全部床義歯臨床を専門とした歯科医師として仕事をしており、全部床義歯を学ぼうとされている歯科医師、歯科医療従事者から推奨する学術書を問われることが多い。その際に、必ず紹介させていただいていたのが2011年に上梓された「よい義歯だめな義歯 鈴木哲也のコンプリートデンチャー17のルール」であった。2021年、安心してお勧めできる書籍が1冊増えた。義歯の良し悪しを決める主体であるその咬合採得と咬合調整について、特定の手法や材料に囚われない本質的な要点を明快な表現でまとめられている本書は、いま全部床義歯を学びたいすべての歯科医療関係者にお勧めしたい最良の1冊である。
評者:松丸悠一
(東京都・Matsumaru Denture Works)
鈴木哲也/古屋純一・著
クインテッセンス出版
問合先:03‐5842‐2272(営業部)
定価:12,100円(本体11,000円+税10%)・184頁
インプラント治療に携わる臨床家にとって間違いなく一読に値する書
『ゼロボーンロスコンセプト』
インプラント治療が始まり、50年以上が経った。その間に数多くのマテリアル、外科手術の術式、補綴様式が発案され、そのおのおのに対する長所、短所が議論され、消えるもの、継続されるものがあり今日に至っている。本書の最大の特徴は、上記に影響されることなく、さまざまな製品を用いたインプラント治療のエックス線や口腔内写真を経時的に比較し考察を加えることで、どのようにすれば長期的にインプラント周囲の歯槽骨頂部を維持できるかを詳細に述べている点である。
セクションⅠ(外科的コンセプト)において、インプラント埋入後における歯槽骨頂の吸収の要因は1つではなく多因子であるとしながらも、機械的要因としてインプラント頸部の形状、生物学的要因としてインプラント周囲の軟組織の厚みや付着歯肉が重要な要因であるとしている。
1つの例として、インプラント頸部の形状ではプラットフォームスイッチング機構における歯槽骨頂の吸収を起こしにくいことは多くの臨床家が知っていることだが、はたしてそれは周囲軟組織の厚みが薄い時にもそのような結果をもたらしてくれるのか?また、もしそれが望ましい結果を得られなかった場合にどのような対応をするのか?このような疑問に対し、同一生体における異なるインプラント頸部の形状を用いた症例や、周囲軟組織の厚みの異なる個体でのインプラント周囲の歯槽骨頂の経時的変化を比較した臨床研究で、これらの疑問に対する答えを明らかにしている。
具体的な内容として、プラットフォームスイッチング機構を有するもの、そうでないものの埋入深度についての対応、バイオタイプが薄い場合の対応、下顎臼歯部領域における解剖学的制約がある場所における対応についてなど、初学者はもちろんのこと、熟練した臨床家にとっても再確認すべきことが重点的に述べられており、まさにタイムリーなまとめとなっている。
続くセクション2(補綴的コンセプト)では、外科と同様にいくつかの問題点を補綴医の視点から事細かく分析、実験をして解答を導き出している。
読んでみると驚くほどの革新的な内容ではないが、基本に返って1つひとつ着実に治療を進めなければならないことが切実にわかる。とくにセメンテーションに関しては興味深く、今までこのような様式をきちんと言及した論文はあまりないことに気づかされた。これは補綴医のもつ鋭くセンシティブな視点による症例(アバットメントや上部構造マテリアル)の分析であろう。実際、日常においてこのような精緻な治療は難しいかもしれないが、みごとな術式であり分析であるため一読に値する。
最後に翻訳を担ったこのグループは,いつもその時代に必要な良書を選択しており先見の明があると言わざるを得ない本当にすばらしい仕事をしたと思う。ぜひ必携の書にしていただきたい。
評者:山﨑長郎
(東京都・原宿デンタルオフィス)
Tomas Linkevic̆ius・著
鈴木仙一/中居伸行/松成淳一・監訳
脇田雅文/森本太一朗/五十嵐一/落合久彦/新井聖範・翻訳統括
クインテッセンス出版
問合先:03‐5842‐2272(営業部)
定価:25,300円(本体23,000円+税10%)・304頁
上顎側切歯部の1症例でインプラント治療の勘所を詳説した完全マニュアル!
『新版 1からはじめるインプラント治療 完全マニュアル』
インプラント治療が歯科で用いられるようになって50年以上経過したが、今、初めてすべての関係者の方に自信を持ってお勧めできる成書を見つけた気分である。本書は、インプラント治療はもとより、審美を含めた補綴治療に精通し、大学・学会を含めたさまざまなところで教育指導に熱心に携わってきた小川勝久先生が、満を持してご執筆されたインプラント治療への道しるべとなる決定版である。
臨床写真と使用器具が併載され、行った術式が一目瞭然
本書は、術式の1つひとつに臨床写真とその時に用いた器具を併載する稀有なスタイルを基調とし、至る箇所で写真や図説が多く取り入れられており、著者が行った術式を読者が一目で理解できるように工夫されている。このスタイルは検査・診断から始まり、インプラント治療に必要となる術式や、一緒に手術に立ち会う歯科衛生士や歯科助手などの周囲関係者が心得ておくべきアシスタントワーク、さらには補綴治療に必要な情報からメインテナンス時の勘所にまで貫かれている。さらに、口腔内スキャナなどのデジタル技術を用いた最新情報も満載で、実臨床に役立つ内容がふんだんに取り入れられている。
インプラント治療をこれから始めようとする方から経験豊富なベテランまで、また歯科医師に限らずインプラント治療にかかわる全スタッフにとっても必ず学ぶところのある、有益な1冊である。
第13章の「特講」は必読
とくに、第7章「インプラント埋入の術前・術中・術後に必要な処置と作業」から第11章「最終補綴装置の製作と装着」にかけての数章については、著者が外科手技のみならず補綴のスペシャリストであることから結実した見事な内容であり、本書の大きな特徴であるとともに、白眉の部分と考える。また、特講として据えられている第13章「歯科医師が患者さんに詫びるとき」は、著者がとくに重要視し発信している患者さんへの"詫び方"がつぶさに語られた前代未聞の内容となっており、読者が実際にそのような状況に陥った際には非常に参考になるものと思われる(もちろん、本書にはそうならないためのアドバイスが随所にちりばめられているが)。加えて、巻末に収載されている「本書で供覧した症例の総括および反省点」には本書を通して供覧する上顎側切歯インプラント修復症例に対する反省点も記載されているが、本来は言及する必要のない、自身の選択した術式の是非や逡巡まで明け透けに書かれている部分では、著者のすぐれた人柄を感じずにはいられない。
日常臨床、教育とつねに精力的に活動されている小川先生が、インプラント治療にかかわるすべてのスタッフのために必携の本となるべく心血を注いで執筆された労苦に敬意を表し、ますますインプラント治療とともに歯科医療が活性化することを期待したい。
評者:星 憲幸
(神奈川歯科大学教授)
小川勝久・著
クインテッセンス出版
問合先:03‐5842‐2272(営業部)
定価:9,900円(本体9,000円+税10%)・168頁
患者が磨く・続ける・プラークコントロールがアップする指導法が満載!
『そのまま使える!スキルも上がる!ブラッシング指導テクニックだれも教えてくれなかった、結果を出す技と伝え方』
この書評は、読後の"喜び"を分かち合うためのものである。決して本書購入のきっかけを目的としていない。本書読了後に、「山本の言いたいことがわかる~」とか、「他の人には教えないでこっそり読みたいよね~」と、感動を共有したいのである。映画のテレビCMでは細かい論評より、観終わった人たちの感動を伝えているではないか。
本書の読者ターゲットは限りなく幅広い。確かに「ブラッシング指導テクニック」というタイトルからは、単なる「初心者向けノウハウ本」というイメージかもしれない。もちろん初心者が読めば"ウハウハ"喜ぶ内容てんこ盛りである。でもウハウハ喜んだ本人が、経験を積んで10年後に再読すれば、必ず新たな発見があるはずだ。同じ本の再読で自分のレベルUPを実感できるので、ブラッシング指導者への"応援本"という側面もあることになる。まあ著者自身が発展途上と告白しているので、10年後には「ブラッシング指導テクニック2」か、「ブラッシング指導テクニック3」が上梓されているに違いないが……。
「指導をしても行動変容に結びつくとは限らない」ことは、本書ではとっくの昔に"織り込み済み"である。いや、これをたくさんたくさん経験しないと、本書のような指導本を書く資格はない。患者さん自身の"気づき"がなければ考えの変容や行動の変容は起こらないのだから、一方的にテクニックを伝えるのではなく、いかに患者さんに気づいてもらい、考えてもらうかが肝心かなめ。そしてそのためのアプローチが本書では写真を駆使しながら、具体的に、わかりやすく解説されている。口腔内写真を見てもらうときでも(p.74)、染め出しをするときでも(p.79)、指導が一方通行にならない配慮が随所にみられるのだ。行動心理学の本を開かなくても、本書ではそれを実践できてしまう仕掛けに脱帽。「人はそんなに簡単に変わるものではない」という通奏低音が響いているからこそ、懐の深い内容に仕上がっているのだろう。
さて、院長だけでこの"喜び"を味わっている場合ではない。すぐに当院スタッフ用に発注した。この書評で他の医院の歯科衛生士も読みだしたらどうしよう。いやいや、当院だけのレベルUPという"せこい"ことを考えてはいけない。日本の歯科衛生士全体のボトムUPという想いで筆を執られた石原美樹さんに申し訳ない。
そしてこの書評を読まれている"あなた"は、本書を歯科衛生士に勧める前に、ぜひ自分で読んでほしい。歯科衛生士がぶつかるたくさんの壁を肌で感じてほしい。ブラッシング指導がうまくいくときも、うまくいかないときも、それを共有できていないとチームアプローチは成り立たないのだ……と、えらそうなことを書きたくなるくらい、本書は私に深く強く響いた。超おススメ。
評者:山本浩正
(大阪府・山本歯科)
石原美樹・著
クインテッセンス出版
問合先:03‐5842‐2272(営業部)
定価:5,500円(本体5,000円+税10%)・128頁
世界基準の論文を国内の著名臨床家の解説付きで厳選
別冊ザ・クインテッセンス『PRD YEARBOOK 2021 軟組織の採取と移植』
1981年創刊の「The International Journal of Periodontics & Restorative Dentistry」(以下、PRD)は、歯周病、補綴、外科、インプラント、材料学等の分野を網羅した多くの論文を掲載し、歯科治療における最新トレンドがよく把握できる内容である。しかし、日々歯科治療に追われるわれわれ臨床家が、この情報過多の時代にすべての情報を取捨選択することは困難なため、2016年より『PRD YEARBOOK』は年次形式で発行されている。
今回、『PRD YEARBOOK 2021』では軟組織の採取と移植にフォーカスをあてている。歯肉退縮にはMaynardの分類やMillerの分類などは広く知られており、最近ではCairoの分類が報告された。根面被覆術を行ったことのない若手ドクターにも歯肉退縮の分類から軟組織の採取、トリミング、縫合などが動画と写真でわかりやすく学べる。
また下顎前歯は歯肉退縮の好発部位であるが歯肉が薄いことが多く、根面の豊隆や歯槽骨の陥凹があると、トンネリング形成が困難になることが多い。そして歯冠側移動量を増やすためには垂直減張切開を入れることが必要になるが、審美面への配慮が必要不可欠である。「パピラアクセストンネルテクニック」はトンネル形成における穿孔やフラップの壊死などのリスクを下げるためにAllenによって考案された術式である。フラップの張力をコントロールし、移植片を非可動的に安定させ、乳頭部の壊死を抑えるよう考えられており、下顎の複数歯に及ぶ歯肉退縮には適している術式だといえる。
また近年、自家組織移植だけではなく異種コラーゲンマトリックスを併用したケースレポートも報告されるようになってきた。通常、遊離歯肉移植術は上顎の口蓋側からドナーを採取するため、術野が2か所に及んでしまうことに加えて解剖学的な形態も考慮しないといけない。このスプリットグラフトのUrbanの論文はPRD2020でも掲載されているが、2021年のケースレポートでは術野近心または遠心から角化歯肉を採取するところが新しい試みである。術野に近くの歯肉を移植するこの術式は、侵襲が1か所になることや異種コラーゲンマトリックスを併用することで術後の違和感が少ないことも報告されており非常に興味深い。
根面被覆術で、Zucchelliはトンネルテクニックとバイラミナテクニックの有意性や、歯間乳頭の大きさや退縮度合いにおける根面被覆の成功率、捻転歯における根面被覆の被覆位置の予測をエビデンスと術者の臨床的実感を含めて解説している。
PRDは厳選された世界の著名な歯科医師の論文を日本のトップランナーの解説付きで読める点が他の書籍にはない長所だと言える。本書の発刊を心待ちにした者として嬉しく思うと同時に、ぜひこの機会にPRDという世界基準に触れるために本書を手にとりワンランク上のステージでの治療を目指してもらいたい。
評者:瀧野裕行
(京都府・タキノ歯科医院)
岩田健男/山﨑長郎/和泉雄一・主席編集
クインテッセンス出版
問合先:03‐5842‐2272(営業部)
定価:7,480円(本体6,800円+税10%)・208頁