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患者さんがリラックスできる医院づくりのために

患者さんがリラックスできる医院づくりのために
患者さんがリラックスできる医院づくりのために

真っ白な空間に響く機械音、薬剤のにおい…こうした歯科医院特有の要素に影響され、治療前から緊張感を覚える患者さんは少なくありません。
その状況を緩和するために、大阪府東大阪市にある安部歯科医院では壁に絵を描いたり、院内でアロマを焚いたりするなど、さまざまな工夫を取り入れています。
今回は、アーティストが描く壁画にどのような想いが込められているのか、そしてそれを見る患者さんからどのような声が寄せられているかなどについて伺いました。

ーーアーティストの河野ルルさんにお聞きします。安部歯科医院の壁画を作成するにあたり、意識したのはどんなことでしょう?

院内壁画のモチーフは、「歯磨きの木」として知られるニームの木です。院長からのオーダーはただ一言「派手に!」ということだけだったので(笑)、いろんな色を使ってカラフルな作品になるよう心掛けました。
私は普段、作品に原色を使うことが多いのですが、あらゆる年代の患者さんが訪れる歯科医院の壁画に原色寄りの絵を描いたのでは迫力が出すぎるかもしれないと思ったので、すべての色に白を混ぜてパステルカラーにしてみました。結果、やさしい印象の作品に仕上がったのではないかと思います。
もうひとつ意識したのは、子どもが楽しい気分になれる作品にする、ということ。歯科医院の患者さんには小さなお子さんも多いですよね。そしてきっと「歯医者さんがキライ、苦手」という子も多いはず。なので、少しでもその気持ちを紛らわすことができたらいいなと思い、背の小さな子どもでも手が届くところにも細かな絵を描いたり、絵の中に指差しして遊べる要素を組み込んだりしました。
今回新たに描いた自転車置き場の壁画は、ニームの木の絵につながりを持たせた空の絵にしました。イメージしたのは空の上の世界。背景となる夜空の色には、安部歯科医院のテーマカラーを取り入れました。

ーーそもそも、ルルさんが絵を描き始めたきっかけは?

私はもともと会社勤めを5年ほどしていたんですが、どうしても海外への長期旅行がしたくなって、会社を辞めて旅に出たんです。そしていろんな国を回っている途中、メキシコで手持ちのお金が無くなってしまって。このままじゃどこへも行けない、帰国もできないということで、泊まっていた宿の壁に見よう見まねで絵を描き、宿泊費をタダにしてもらったのが初めて絵を描いた経験。それまで特に絵やイラストを描くような趣味があったわけでもないのに、なぜいきなり「宿代の代わりに絵を描こう!」となったのか自分でも不思議ですが、そのとき描いた絵を喜んでもらえたのがすごくうれしくて。そのときの感動、感激をもう一度味わいたいという思いから、あちこちの宿の壁に絵を描いては移動する、壁画の旅が始まりました。
もともとメキシコの色彩豊かな民芸品や刺しゅうが好きで、学生時代はよくメキシコ製の古着を着ていたし、インドやアフリカ、トルコの民芸品も大好き。そのうえ旅をして各国の色彩が自然に目に入り、頭の中に蓄積されていたことで、初めての壁画から満足できる仕上がりになったのかもしれません。

ーールルさんが壁画に込める想いとは?

私の作品は壁画がメインだし、色をたくさん使った明るいものが多いので、病院や養護施設など、人が不安を感じる場所にこそ合うんじゃないかと思うんです。
そう思うのは、私自身、海外で体調を崩して設備の乏しい病院に行ったときに、寂しく不安な気持ちでいっぱいになった経験があるから。この村の子どもたちはみんなこんな気持ちで病院を訪れるのか…、せめて壁に絵でも掛けてあれば気分がまぎれるのに…と感じたことが、私の作品制作の原点にあるのかもしれません。
壁画はたくさんの人に見てもらえるし、作品サイズが大きいから迫力がある。小さな作品より発信力があるからこそ、多くの人が訪れる場所にあればたくさんの人の目に留まり、その人たちを明るい気分にする手助けができると思います。ありがたいことに最近、安部歯科医院をはじめ、そういった場所との縁ができてきました。今後も国内外を問わず活動を続け、世界中の子どもたちを元気づけて、不安な気持ちを少しでも楽にしてあげたいです!

ーー続いて、安部逸世院長にお聞きします。ルルさんに壁画を描いてもらうようになったいきさつについて教えてください。

当院の看板を作ってくれたグラフィックデザイナーからの紹介です。そのデザイナーさんは、既成概念にとらわれない斬新なデザインのデンタルユニフォームを発表したり、医療とデザインの関係を学ぶ場を設けたりという活動を行ってきた方。彼の開催したセミナーで、アートには精神を落ち着かせる効果があり、欧米ではアートを取り入れる病院も多いということや、医療現場におけるデザインの重要性を認識させてもらいました。
歯科医療は痛みを伴う治療の代表的なもの。患者さんにリラックスしてもらって、その痛みや不安を少しでも緩和できればと思い、当院にもアートを取り入れることを決めたんです。その際、そのデザイナーさんが審査員を務めるアートコンテストで優秀な成績を収めたルルさんを、今後期待できる大型新人アーティストとして紹介してもらったのがきっかけですね。

ーー院内外に壁画があることで得られるメリットとは?

壁画が自然と視界に入ることでリラックスして、恐怖心を抱きにくくなることです。歯科治療を受ける方の中には、恐怖心や緊張から血圧が上がり、麻酔が効きにくくなってしまう方もいるのですが、リラックスした状態だと自然と血圧も下がり、麻酔の効きも良くなります。また、うわべだけの会話にとどまらず、普段の生活のことや希望する治療について気さくに話してもらえることも増えるので、患者さんの本心を聞くことができます。つまり、壁画があることで、その人にとって本来必要な治療を提供できるという良い循環が生まれているのです。

ーー壁画作成時に工夫した点は?

ルルさんが絵を描いているところを誰もが見られる“ライブペインティング”を実施しました。しかも、ただ見るだけではなく、患者さんとして通ってくれている子どもたちや地域の人も筆を持って絵を描いて、みんなで一緒に一つの作品を作り上げる参加型のアートにしたんです。
また、どんな人がどんな想いで描いた絵なのかを知ってもらうことで、より壁画に対するイメージや理解が深まると思うので、ライブペインティングの様子やルルさんの経歴なども院内で紹介しています。


ーー患者さんやスタッフの間での評判はいかがでしょうか。

「居心地がよくなった」「雰囲気が明るくなった」と、大変好評です。通常、歯科医院の受付というのは「これからどんな治療を受けることになるのだろう」と、緊張感が高まる場所ですよね。そこに優しい色合いの絵があれば、意識せずともリラックスすることができるようです。実は、院内の絵の中には気球に乗っている私の姿も描かれているのですが、そのことを伝えると皆さんこぞって「一体どこだろう?」と探し出すので、待ち時間を感じにくくする役割も担ってくれていると思います。

ーー壁画のほかにも、リラックス空間を演出するために工夫されていることがあるそうですね。

通常であれば受付奥の棚にずらっと並べられる場合が多いカルテもできるだけ患者さんの目に触れないところに収納したり、外科的処置を思わせる機材もできるだけ見えない場所に配置するなどして、患者さんの緊張を招くものをあまり見せないようにしています。とはいえ受付から何も見えないよう遮へいしてしまうのではなく、治療スペースはあえてオープンな空間にしているんですよ。治療を受けている患者さんや治療時のスタッフの対応が少し見えることで自分の治療時のイメージがわきやすくなるし、安心できると思うので。
薬剤のにおい対策としては換気に気をつけつつ、ディフューザーを使って爽やかな柑橘系のアロマを漂わせることで対応しています。
また、小物や装飾品、リーフレットなどのデザインを統一し、院内のどこを見渡してもすっきりした印象になるように、という点も気をつけています。
何より、壁画が老若男女問わず評判が良いので、今後も院内のあちこちに増やしていきたいですね。

様々なスペシャリストが安部歯科医院に集まる理由 ー前編ー
様々なスペシャリストが安部歯科医院に集まる理由 ー後編ー
患者さんがリラックスできる医院づくりのために

安部歯科医院
https://www.ismedical.jp/

著者松下 陽子

大阪市在住。
2000年よりライターとして活動、2004年フリーランスに。
雑誌・広告・Webメディアなどで美容・健康に関する記事を執筆。
松下 陽子

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