そもそも必要？全部床義歯教育
「全部床義歯臨床は得意でしょうか？」の問いに対して、きっと多くの若手歯科医師の先生方は、"どちらかというと苦手"、"よくわからない"、"そもそも製作する機会が少ない"など、「得意です」とお答えになる先生は少ないと思います。

それもそのはずで、現在の大学教育では十分な全部床義歯を製作するための臨床教育が不足しているうえに、卒業後もなかなか臨床経験を積むことが難しい状況なのです。一方で、「全部床義歯患者なんて滅多に来ないのだから勉強しなくても……得意な先生に任せれば良いのでは？」と思っている先生もいるかも知れません。

でも実は、全部床義歯を学ぶことはけっして義歯の製作だけでなく、全顎的な補綴治療全体に役立つということを覚えておいてください。（図1）


図1 筆者の考える欠損補綴臨床のラーニングピラミッド。全部床義歯学にはすべての補綴臨床に通じる基礎知識が含まれている。

義歯製作の勉強だけではない全部床義歯学
全部床義歯教育は大きく2つに分けられると考えられます。1つはいうまでもなく"義歯製作"に必要な臨床ステップなど、全部床義歯に特異的に必要なもの。もう1つは、顎間関係の決定方法、下顎運動の基礎知識、人工歯のポジション、咬合に関する基礎知識など、全顎的な補綴治療に共通して必要なものです。

そもそも、全部床義歯臨床とは、適切な咬合位?（垂直＆水平的顎間関係）において、28歯のポジションならびにその周囲組織の形態をすべて決定する治療です。つまり、全部床義歯をしっかりと学ぶことで、全顎的補綴治療に必要な知識も多く学ぶことができるといえます（図2、3）。言い換えれば、全顎的な補綴治療を手掛けようと思うならば、全部床義歯を学び、多くの臨床経験を積むことがとても重要ではないでしょうか。


図2 全部床義歯臨床で学べる全顎補綴治療のための基礎的知識。


図3 筆者の考える全部床義歯臨床。

他にもある全部床義歯を学ぶメリット―高齢者のQOLの向上に貢献できる
無歯顎患者にとって義歯はなくてはならない装置です。義歯治療が上手くいかないと、食事がうまくできず咀嚼の必要な食品を避け、栄養摂取が偏る可能性が考えられます。また、会食や外出を控えるなど、患者さんの社会活動にも影響を与え、QOL自体を大きく低減させてしまうかもしれません。逆に、われわれ歯科医師が義歯治療を成功させることができれば、口腔機能の回復をとおした全身健康の改善だけでなく、患者さんのQOLを向上させることができると考えられ、その社会的意義はとても大きいと思います。

・部分欠損患者の治療も怖くなくなる
残存歯にクラスプなどを設置することで維持が得られる部分床義歯に比べ、全部床義歯では適切な床縁の長さや安定した咬合を確立しなければ、十分な維持を得ることが難しくなります。そのため、経験の浅い先生方は「全部床義歯では十分な維持が得られないかもしれない……」と心配になり、必要な抜歯を先延ばしにしていないでしょうか？　全部床義歯を学び、得意になれば「最終的に無歯顎になったとしてもなんとかできる！」と考えられるようになり、そのような恐怖心や心配が少なくなることは間違いありません。

・歯科医師として大きな"やりがい"を感じられる
前述のように、全部床義歯治療は患者さんのQOLに大きくかかわる治療であるため、われわれが製作した義歯は患者さんにとって、かけがえのない大切な装置だといえます。つまり、適切な義歯治療を提供できた場合は、患者さんに非常に喜んでもらえることが多く、歯科医師として大きなやりがいを感じることができます。

今でも全部床義歯を学ぶ価値は十分にある！
今回は全部床義歯を学ぶメリットについて考えてみました。全顎的欠損補綴を手がけようと思うと、全部床義歯臨床の知識と経験がとても役立つことがわかります。少しでも全部床義歯臨床をあらためて学んでみようと思っていただければ幸いです。

今後、本コラムでは全部床義歯を成功させるために重要なポイントを簡潔に紹介する予定です。