コロナ禍の影響でマスクを着ける生活が2年半ほど過ぎた。外国ではマスクを着ける人はほとんどいなくなったが、日本ではまだマスクを着ける方が多い。今年の6月から政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」が更新され、屋外でのマスク着用などについて新たな指針が出された。屋内か屋外か、屋外の場合は2メートル以内に人がいるかいないかなどによって、マスクを外すことができるようになった。しかし、自転車に乗っているとき、ランニングをしているとき、周りに人がいない環境下で散歩をしているときでもマスクを着けている人をよく見かける。外国と比べて大きな違いではあるが、日本人の国民性も関係があると思われる。 わが国の新型コロナウイルスの被害が米国や英国などの諸外国より抑えられてきた背景に、自主的な行動制限やマスク着用など、国民の努力があったことはまぎれもない事実である。しかし、コロナ禍が長引き、マスク着用への日本独特の「同調圧力」による影響も否定できない。 いわゆるマスクを着けなくてもよいところでも、皆がマスクを着けていると、自分も着けていないといけないのではないかとの暗黙のプレッシャーがある。マスクの着用は感染対策には有用であることには異論の余地はないが、着用することによる課題もあることを知っておく必要がある。たとえば課題として以下の7つが挙げられる。 1.運動をする際や夏場では、熱中症になりやすい。 2.2歳未満の子どもにとっては、窒息の危険性がある。 3.顔の表情が見えにくいことから、お互いのコミュニケーションがとりにくい。 4.初めて会う方の顔を覚えにくい。 5.マスク越しに話をしていると声がマスクに遮られて、聞きづらいし話しづらい。 6.マスクを長時間着用することによって肌荒れが起きやすい。 7.長時間のマスク着用は、口の中を乾燥させて口臭を招くことが考えられる。 タイの研究チームが行ったアンケート調査(1,231人を対象に2020年5月実施)では、マスクを着用した人の6割以上で肌のトラブルを感じていたと報告されており、特に多かったのがニキビの再発(32%)や皮膚の痒み(22%)であった1。肌荒れを感じた際には、医師あるいは薬局に行って薬剤師に相談されることをお勧めする。また、オーラルケアを目的とした歯磨きやマウスウォッシュ、食事内容の見直しなどを考慮して、口腔内の健康を保つことが大切である。 一方、利点としては以下の6つが挙げられる。 1.マスクを着けている方が精神的に人前で話しやすい。 2.日焼け予防になる。 3.化粧をしていない際のカムフラージュになる。 4.風邪などにかかりにくい。 5.歯科矯正をしている際にマスクをしていると歯科矯正の装着器具が口を開けてもマスクによって見えない。 6.顔のシミ取りを考えている人には、マスク装着によって治療していることが分かりにくい。 マスクを着けることで風邪などにかかりにくくなったことは事実であり、インフルエンザの罹患率が極端に少なくなった。調剤レセプトベースで実際の処方動向を把握・分析するインテージリアルワールド(旧医療情報総合研究所)のデータによると、2021年1月のインフルエンザ患者数は、2016~2020年の直近5年間の1月平均と比較して1,000分の1にとどまった。また、マスクを着ける機会が多い時期に歯科矯正を行うのは得策かもしれない。 いずれにしろ、マスク装着には利点もあるが、人の表情がわかりにくいことは、人間関係を構築していくうえで大きな問題である。最近では人前で大きな口を開けて、歯を見せて思いっきり笑うことが少なくなった。 今はコロナ禍がある程度治まるまでは、我慢、我慢の日々ではあるが、その場に応じて周りの方々を考慮して上でマスクの着脱をこまめに行うことが大切である(了)。 参考文献 1.Chaiyabutr C, Sukakul T, Pruksaeakanan C, Thumrongtharadol J, Boonchai W. Adverse skin reactions following different types of mask usage during the COVID-19 pandemic. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2021 Mar;35(3):e176-e178. doi: 10.1111/jdv.17039. Epub 2020 Dec 21. PMID: 33220083; PMCID: PMC7753376.
著者原英彰
岐阜薬科大学学長
略歴
- 1983年、岐阜薬科大学卒業
- 1988~1990年、東北大学医学部脳疾患研究施設神経内科留学
- 1994~1996年、ハーバード大学医学部ニューロサイエンスセンター(神経内科)留学
- 2007~2021年、岐阜薬科大学薬効解析学研究室教授。
同大学薬科学科長、同大学院研究科長、同大学副学長を経て、現職。
著書に「前向き脳でエンジョイ・エイジング!(長寿の秘訣は脳の健康から)」(学文社)、「なにはともあれ元気が一番!(知って損なし脳・心・からだ・くすりのお話)」(アンデパンダン)
本学ホームページ:https://www.gifu-pu.ac.jp/