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薬の世界からみる歯科の世界 第2回:歯周病菌が及ぼす全身への影響

薬の世界からみる歯科の世界 第2回:歯周病菌が及ぼす全身への影響
薬の世界からみる歯科の世界 第2回:歯周病菌が及ぼす全身への影響
私はこれまで製薬会社の創薬研究所で20数年間、新薬の開発研究を行ってきた。脳卒中、片頭痛、胃潰瘍、認知症、緑内障など幾多の基礎研究を行い、さらに臨床試験も実施してきた。この中で幸運にも2つの新薬(抗片頭痛薬、緑内障治療薬)を上市することができた。基礎研究を行っている時に、菌が体に及ぼす影響について知ることができ、衝撃を受けた記憶がある。

1つめは、抗潰瘍薬の研究を行っていた1980年代頃、ヘリコバクター・ピロリ菌が潰瘍の原因であるとの報告がオーストラリアの2人の医師によって発見されたことである。その医師は自分でその菌を飲み込んで、胃炎が誘発されたことを実証し、その後、最近ではこの菌は、潰瘍のみならず胃がんにも深くかかわってくることが明らかになった。その功績が認められた両医師には、2005年にノーベル医学・生理学賞が授与された。

2つめは、私のライフワークでありおおむね40年近く行っている脳卒中(脳梗塞、脳出血)の研究時においてである。いかに脳卒中を防ぐかの基礎研究を主にマウス・ラットなどを使用して実施していた時に衝撃的な報告がなされた。前向きコホート研究※(2003年)により41,380人の男性を被験者として12年間の経過を観察した研究では、歯周病や歯の喪失が脳梗塞のリスクと相関があるとの内容であった。歯周病菌が脳梗塞を誘発する原因の一つとして明らかになったのである。

以来、ある種の菌は全身の疾患に大きく影響を及ぼすことを知ることになり、サイエンスの奥深さと新薬開発の難しさを実感した。また私にとって創薬の考え方や在り方をも変えるような大きな発見であった。

歯周病の原因は、歯と歯の間に蓄積する歯垢という細菌(嫌気性菌)の集まりである。この歯周病菌が歯肉に炎症を誘発し、出血、発赤、腫脹を引き起こし、歯肉は障害されていく。歯周病菌が全身に回ると、糖尿病、早産・低体重児出産、肥満、心筋梗塞、脳梗塞にも関与している。日本人の約70%に何らかの歯周病の症状が認められているという。歯周病菌をいかに抑えるかが、脳梗塞やその他全身の疾患を未然に防ぐ方法の1つでもある。

UHA味覚糖と帝京大学との共同研究によって開発されたサプリメント製品「UHAシタクリアキャンディ」は、「いつでもどこでも」「手軽に」口内環境をサポートするというコンセプトで、アロマ成分複合体(シナモンパウダー、低分子化されたライチ由来のポリフェノール、ドクダミなどに存在する脂肪酸など)を含有したアロマミント味のノンシュガーオーラルケアキャンディである。岐阜薬科大学(本学)は、本製品のジェル化をUHA味覚糖と共同開発し、臨床試験を経て2019年に「シタクリアオーラルクリアジェル」(下図)の製品化に成功した。


UHA味覚糖と本学が共同開発した「シタクリアオーラルクリアジェル」。

ジェル化した理由は、高齢者の方でも飲みやすく、咀嚼・嚥下に負担をかけない、すなわち「やさしさ」の追求である。本学は大学運営の基本理念として、「ヒトと環境にやさしい薬学(グリーンファーマシー)}を掲げている。“グリーン”には、安心、安全、ヒトと環境にやさしいなどの意味が込められている。今後もこのようなヒトにやさしい製品開発に力を入れていきたいと考えている。 最近では各社から、歯周病予防の観点から歯磨きやオーラルケアブラシ、歯肉炎・歯槽膿漏(歯周炎)の諸症状に効果がある医薬品などが開発されている。歯周病の予防・治療を行うことで、全身のさまざまな病気のリスクを下げることが可能となるので、日々の歯磨き・オーラルケアを見直し、全身の健康につなげることが大切である。 ※コホート研究:疾病の要因と発症の関連を調べるための観察的研究の手法の1つ

著者原英彰

岐阜薬科大学学長

略歴
  • 1983年、岐阜薬科大学卒業
  • 1988~1990年、東北大学医学部脳疾患研究施設神経内科留学
  • 1994~1996年、ハーバード大学医学部ニューロサイエンスセンター(神経内科)留学
  • 2007~2021年、岐阜薬科大学薬効解析学研究室教授。

同大学薬科学科長、同大学院研究科長、同大学副学長を経て、現職。

著書に「前向き脳でエンジョイ・エイジング!(長寿の秘訣は脳の健康から)」(学文社)、「なにはともあれ元気が一番!(知って損なし脳・心・からだ・くすりのお話)」(アンデパンダン)
本学ホームページ:https://www.gifu-pu.ac.jp/

原英彰

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