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コラム

肩書きは現代美術作家?アートと歯科医療を掛け合わせて、ヘルスリテラシーの向上を目指して VOL2

肩書きは現代美術作家?アートと歯科医療を掛け合わせて、ヘルスリテラシーの向上を目指して VOL2
肩書きは現代美術作家?アートと歯科医療を掛け合わせて、ヘルスリテラシーの向上を目指して VOL2
口腔顔面痛の専門家であり、普段は首都圏で訪問歯科診療を行う長縄拓哉先生は現代美術作家としても活躍されています。でも、どうして歯科医師が現代美術を?その理由を訊ねたら、「アートも医療の延長線上なんです」と長縄先生。それはいったいどういうことなのでしょうか。詳しくお話を伺いました。

同じ目標を持った人たちとの出会いは刺激的だったのではないでしょうか。 「デジタルハリウッド大学大学院」ではどんな学びが得られたのでしょう?

テクノロジーやコミュニケーションデザインについて学びましたが、いちばん大きかったのは卒業生が開発した「大腸がんの啓発と予防」をコンテクストに含んだゲームとの出会いです。これは自分の排便を報告するとストーリーが進行して、便の状態によって「クリニックに行ったほうがいいですよ」「健診を受けたほうがいいですよ」と教えてくれるスマートフォンのゲームです。僕はこれに感銘を受けて、同じことが現代美術と歯科医療にも応用できるんじゃないかと考えたんです。 「デジタルハリウッド」での成果発表会の様子。

具体的にどのような応用方法を思いついたのですか?

美術作品のコンテクストに歯科医療の情報を入れるんです。さっそく医療現場のワンシーンを描いた絵画を展示して実証実験を行いました。その結果、「展覧会をきっかけに行動や考えに何かしらの変化があった」と回答した人は85%。「アートをきっかけにすると医学的な会話がしやすくなる」と答えた人は77%でした。展覧会に足を運んでくれた多くの方の間で、観賞後に健康や医療に関する何かしらの会話が始まっていたんです。 このときはTシャツやステッカーといったグッズも販売しました。例えば、そのステッカーが携帯電話に貼ってあると、それを見た人が「何それ?」と質問をしたとします。すると質問された人は「医療とアートを掛け合わせた展覧会に行ったよ」とアウトプットをします。アウトプットすると話した人の記憶にはインプットした情報が定着し、その情報も他の人に拡散されます。現代美術を活用することで医療や健康の話題が自然と発生する機会を創出し、多くの方たちのヘルスリテラシーが向上するきっかけになればと思い、定期的に個展を開くようになりました。 今回の個展で販売されたグッズたち。「大人用歯ブラシ」や「お薬手帳カバー」は医療に関するコミュニケーションのきっかけづくりに一役買っている。 ご自身の携帯電話にも「にゃんこリーダー」のステッカーが。

今回の個展では迷路が描かれた作品がたくさんありますね

あれは子どもたちが足を止めるための仕掛けなんです。子どもって迷路が好きでなんですよね。先日、インターナショナル・スクールの子どもたちを個展に招待したのですが、ずっと迷路をやっていました。普通、子どもたちが何分も絵画に見入るなんてあり得ません。ですから、通りすがりの大人も「なんでこの子たちはこんなに夢中になっているんだろう?」と興味を示します。その結果、大人も作品を見てくれるようになるんです(笑)。 このときの子どもたちにはオリジナルの大人用歯ブラシをプレゼントして、「お父さんやお母さんに渡してね」と伝えました。すると家に持って帰って、今日の出来事を話すと親御さんは「なんで歯医者がアートを!?」と驚きます。その時点で医療に関するコミュニケーションが始まっているんです。そして、子どもから歯ブラシを渡された親御さんは子どもから渡された以上、その歯ブラシを使わざるを得なくなります。絵画を見て、痛みが取れることはないけれど、こうしたコミュニケーションのきっかけを生むことはできるわけです。 「『迷路』は子どもに見てもらうための仕掛け」と話す長縄先生。実際に個展に訪れた子どもたちはずっと迷路の前から離れようとしなかったそう。(写真右は迷路を試す子どもたちの様子)

グッズはよく作られるんですか?

毎回、持って帰って欲しくて、何かしらを作っています。というのも、モチベーションってそんなに長くは続きません。だから、日常の中でグッズに触れた時に健康や予防のことを思い出してもらうための仕掛けとして、身につける物や普段からよく目にするようなTシャツ、ポストカード、クリアファイルなどをオリジナルで作っています。

先ほど、「子どもたちの足を止めるために」と話されていましたが、子どもを意識した作品が多いのでしょうか

以前はグラデーションをつけるなど、いわゆる格好いいテイストの作品が多かったのですが、今は原色を多用するなど、子どもに見てもらうことを意識した作品が多いですね。というのも、ヘルスリテラシーが高い親御さんの子どもは健康行動が習慣化されています。一方でヘルスリテラシーが低い親御さんの意識を変えるのは大変です。でも、それも子どもがきっかけになると変わりやすい気がしていて、子どもたちが足を止めてくれる作品になるように心がけています。

今回の個展のタイトルにある「にゃんこリーダー」もお子さんが喜びそうなネーミングですね

まさに「にゃんこリーダー」は子ども向けのキャラクターで、名前も僕の息子がつけたんです。にゃんこリーダーの絵を実際に飾ってくださっている歯科医院があるのですが、「にゃんこリーダーの歯医者さんに行こう」みたいな会話が親子の間で生まれたら嬉しいですね。 「にゃんこリーダー」制作中の様子。 作品を制作しているお子さんの様子。

長縄先生の作品はどれも「ヘルスリテラシー」や「予防」「健康」がテーマになっているのでしょうか?

今はそれがほとんどです。ただ、痛みや社会課題の可視化ということも考えています。例えば、今回の展示の中にパンダを描いた作品があります。まわりの風景はデフォルメされていますが、これは病院の受付なんです。パンダは黄色い図形の中にいて、この図形は飛沫防止のボードです。数年前にはなかったボードが今は当たり前のように患者さんと受付の間にあります。作品をパッと見ただけではよく分からないけれど、現代美術が好きな人はそこに何が描かれているのかを考えてくれます。世の中に存在する痛みとか社会課題みたいなものを可視化することで、みんなで問題意識を共有できたらいいなという思いを込めた作品です。 病院の受付をモチーフにした作品についても分かりやすく解説してくださった。

今後、現代美術作家としての活動はどんなことを予定していますか?

何も考えていません(笑)。何かをしたいという思いはあるのですが、まだ思いついていないというのが正直なところです。もともと芸術家のように「どうしてもこれを描きたい」とか内側から湧き出るパッションみたいなものはないんです。現代美術作家という肩書きはあるけれど、僕にとって絵画制作は、あくまで医療の延長線上だと考えています。現代美術の解釈特性を活かしてヘルスリテラシーを向上させるための活動という位置づけです。

では、歯科医師としての目標はありますか?

在宅医療の現場にはこれからも携わっていきたいと思っています。もともと他人がやっていないことと自分にできることを掛け合わせて何かを始めることが多いんです。口腔顔面痛にしても扱う先生が誰もいなかったことが取り組んだ理由の1つです。在宅歯科診療も従事する歯科医師が圧倒的に足りていません。特に在宅歯科診療は入れ歯やむし歯の治療だけができればいいというわけではなく、患者さんやご家族と会話をしながら、その人のこれまで生きてきた人生観や価値観、死生観といった、治療とは関係のないところにも踏み込まないといけません。そういう診療が自分には合っているように思います。

最後に、長縄先生の作品に興味を持った方にメッセージをお願いします

絵を買ってください(笑)。それは冗談ですけども、僕の絵はありがたいことに知り合いの先生たちが購入してくださりますが、僕よりも才能も技術もあるけどなかなか作品が売れない若い作家さんはたくさんいます。そういう人たちを応援する意味でも、何かアート作品を購入していただけると嬉しいですね。 【関連記事コンテンツリンク】 肩書きは現代美術作家?アートと歯科医療を掛け合わせて、ヘルスリテラシーの向上を目指して VOL1 肩書きは現代美術作家?アートと歯科医療を掛け合わせて、ヘルスリテラシーの向上を目指して VOL2 <了>

著者長縄拓哉

歯科医師(医学博士)。ムツー株式会社代表取締役。

略歴
  • 東京歯科大学卒業。
  • 都内大学病院で口腔腫瘍、顎顔面外傷、口腔感染症治療に従事。
  • デンマーク・オーフス大学に留学し、口腔顔面領域の難治性疼痛(OFP)について研究。
  • 口腔顔面領域の感覚検査器を開発し、国際歯科研究学会議(IADR2015、ボストン)ニューロサイエンスアワードを受賞。
  • デンマークと日本の研究活動推進プロジェクトJD-Teletech日本代表。
  • (一社)訪問看護支援協会BOCプロバイダー認定資格講座総括医師。
  • 日本遠隔医療学会・歯科遠隔医療分科会長。
  • 日本口腔顔面痛学会評議員、同学会診療ガイドライン作成委員。
  • 日本口腔内科学会代議員。
  • 厚生労働省教育訓練プログラム開発事業 メディカルイノベーション戦略プログラム委員。
  • 千葉大学遠隔医療マネジメントプログラム委員。
長縄拓哉

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